2013年12月26日木曜日

相続税改正の影響試算と今後の対応

1.はじめに

平成27年1月1日以後の相続から、基礎控除が3,000万円(定額控除)、600万円(比例控除)にそれぞれ引き下げられます(以下の図表参照)。また、相続税率も最高税率がアップするなど、相続税の税負担は増加すると考えられます。

そこで今回は、相続税の改正による影響を簡単なケースで分析し、今後の注意点を検討してみました。








2.二次相続を考慮した税負担の試算の必要性

 
相続には一次相続二次相続があります。

一次相続とは、例えば、(財産を持つ)夫が亡くなり、妻(又は子)が夫の財産を相続するケースを意味します。一次相続の場合、仮に夫にかなりの財産があっても、実は、「配偶者控除」を使うことによって税負担はかなり軽減されます。

ところが、夫の財産を相続した妻から子への相続である二次相続の場合、配偶者控除が使えませんので、税負担は高くなります。一次相続と二次相続を経て、親の代の財産が子の代へと受け継がれることになりますから、相続税負担の試算では、一次相続と二次相続の双方を考慮する必要があるわけです。


3.ケースによる税負担の試算

遺産総額が1億円(債務控除後の純額)の場合で、妻と2人の子供を相続人とする相続を考えます。現行制度と税制改正後の税負担は以下のとおりとなります。




まず、相続税の総額で見ると、295万円(395万円-100万円)増加しています。従来ほとんど相続税が係らない層にも、今後は比較的多額の相続税が課される可能性があるという傾向が読み取れます。

次に二次相続を検討します。二次相続では、夫から受け継いだ妻の財産(5,000万円)を2人の子供が相続することになります(単純化のため、妻固有の財産は考慮していません。)

現行税制では、基礎控除が7,000万円(5,000万円+1,000万円×2人)ありますので、妻の財産(5,000万円)は基礎控除の範囲内です。したがって、二次相続では相続税負担は生じません。言い換えれば、相続税という観点からは、基本的に一次相続のみを考慮すれば足りると考えられます。

ところが、改正後の基礎控除は4,200万円(3,000万円+600万円×2人)となりますから、妻の財産(5,000万円)は基礎控除を超えています。すなわち、二次相続(妻から子への相続)にも相続税が課されることになるのです。

さらに、財産が2億円になると、二次相続の負担が増えていくことが分かります。




さらに、相続財産が8億円の場合、二次相続の負担が一層高まることが読み取れます。



4.相続税改正から読み取れること、今後の対応

上記の簡単なケースから、相続税の改正に関して次の2つのことが読み取れます。

(1)二次相続の重要性

まず、二次相続の重要性です。もちろん、現行税制においても二次相続を考慮する必要性は高く、特に、財産総額が数億円を超えてくると、二次相続の負担を踏まえて相続税の試算や対策を行う必要があります。この点、税制改正による基礎控除の引下げと税率引上げによって、税率が比較的低い層の方々にとっても、二次相続の重要性は高まると言えるでしょう。


(2)負担感は、むしろ税率の低い層のほうが高い

次に、今まで相続税をあまり心配する必要のなかった方々(相続税がかからなかった、あるいは、多額の相続税がかからなかった方々)の実質的な負担の増加です。例えば、上記の8億円のケースでは、確かに税制改正による負担は上昇していますし、相続税総額も多額となっていますが、実質的な負担増(表最下段の「実質的な税率」の差)は、2.7%(30.1%-27.4%)となっています。

一方、実質的な負担増は1億円の場合3.0%(4.0%-1.0%)、2億円の場合は4.1%(10.6%-6.5%)となり、8億円の財産を持つ方よりもむしろ大きくなっています。1億円、2億といった相続財産を保有される方々のほうが、負担感はむしろ高くなるという見方もできるかもしれません。


5.おわりに

相続や事業承継において、相続税(対策)を過度に重視すると、近視眼的思考に陥り、本質を見失う可能性があります。まずは二次相続を含めた相続税の試算等や現状分析については、早めに準備しておく必要性は高いと考えられます。



清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年9月30日月曜日

土地の値段 一物四価

先日(9月19日)、平成25年都道府県地価調査に基づく『基準地価格』が公表されましたので、今回は土地関係の話題です。


1.分かりにくい土地の価格

土地の価格というのは、なかなか分かり難いものです。世の中に「同じような土地」はあっても、「まったく同じ土地」はありません。土地は極めて強い個別性を持っています。

土地は売買されますが、上場株式のような確立した市場はなく、売買できる土地の量もかなり限られています。また、買主や売主の持つ事情、保有している情報の質・量によって、現実の取引価格も大きく変わってきます。

一方、土地を買うと不動産取得税や登録免許税(登記に必要な税金)かかりますし、保有している土地には固定資産税や都市計画税がかかります。また、土地を売れば売却益に税金がかかります。さらに、土地を相続又は贈与すると相続税や贈与税がかかります。これらの税金の元になる土地価格は同じものではありません。様々な土地の価格に基づいて、各種の税金が計算されます。


2.土地の価格(一物四価)

土地の価格と一口に言っても、その意味するところはマチマチです。ここでは、以下の5つの土地価格の意味を見ていきます。なお、(2)の公示価格と(3)の基準地価は、時点が多少違いますが基本的に同じ意味合いを持つ土地価格ですので、両方を1つと考え、実勢価格、公示価格(基準地価)、路線価、固定資産税評価額で、『一物四価』と考えられます。

 (1) 実勢価格
 (2) 公示価格
 (3) 基準地価 
 (4) 路線価(相続税路線価)
 (5) 固定資産税評価額(固定資産税路線価)


3.土地価格の種類

 (1)実勢価格

現実に土地が取引される価格を実勢価格といいます。

実勢価格は、現実に売買当事者間で成立した価格ですが、売主や買主の特殊事情(早く売りたい、とか、多少高くても買いたいといった事情)が入っていることも多いので、かなりバラツキがあるのが通常です。

なお、地域の不動産取引を数多く扱っている地元の不動産業者の方は、実勢価格に基づいてその地域の「相場観」を持っていますので、その地域で現実に土地売買を検討する際には参考になるでしょう。


(2)公示価格

公示価格とは、法律(地価公示法)に基づき、国土交通省が公表する土地の価格を意味します。

具体的には、一定の標準となる土地(平成25年の地価公示では、全国で26,000地点)を選んで、その年の1月1日現在の価格を算定し、毎年3月下旬頃公表します。また、公示価格は、上記の実勢価格から様々な特殊事情を除外した価格を意味し、1㎡当たり更地価格として公表されます。

公示価格は、①一般の土地取引の指標、②公共事業用地の取得、③相続評価や固定資産税評価などの目安として利用されます。


(3)基準地価格

基準地価格とは、都道府県知事が政令(国土利用計画法施行令)に基づいて公表する土地の価格です。

公示価格同様、基準となる土地(平成25年の基準地価では全国約22,000地点)を選んで、その年の7月1日現在の価格を算定し、毎年9月下旬頃公表しています。価格の意味合いは公示価格とほぼ同じですが、価格の判定日が公示価格とちょうど半年違っていることから、公示価格を補完するものとも言えます。

基準地価格の地点は、上記の公示価格の地点と重複しているものも多くなっていますが、公示地価が「都市計画区域」の中にある土地を対象としているのに対して、基準地価格は、都市計画区域外の土地も含んでいます。


(4)路線価(相続税路線価)

路線価は相続税や贈与税の課税を目的として、国税庁が定めている価格です。路線価は、毎年1月1日を評価時点として、公示価格(基準地価)、売買実例、精通者の意見等に基づいて算定されます。路線価図を見ると道路に値段が付いていますが、路線価とは、その道路に面した土地の1㎡当たりの評価額を意味します。路線価は公示価格の80%を目安に定められています。

 
相続税の財産評価は基本的に時価となっていますので、土地も時価で評価して申告するのが原則です。しかし、土地を時価評価することは、土地の個別性があるため、なかなか困難です。しかも、土地の個別事情を考慮した評価額が妥当かどうかについて、税務署側が判断するのも相当な労力が必要です。そこで、ある程度画一的に評価できるように、国税庁が土地の価格を定めたのが「路線価」です。

なお、平成25年分の路線価(評価時点平成25年1月1日)は、平成25年(平成25年1月1日~平成25年12月31日))に発生した相続や贈与について適用されます。したがって、例えば、1月の相続や贈与の場合、まだその年の路線価が公表されていませんので、土地の評価が必要な場合には、(7月に公表される)路線価を待って評価・申告を行うことになります。


(5)固定資産税評価額(≒固定資産税路線価)

固定資産税や都市計画税といった土地の保有に関する税金や不動産取得税登録免許税(登記の印紙代)を計算する基礎となる価格です。さらに、上述の(相続税)路線価がない土地の相続税や贈与税における土地評価を行う際の基準としても用いられます。

固定資産税評価額は、課税主体である各市区町村が決定します。土地については、3年毎に1月1日現在の価格して決定されています。固定資産税路線価は公示価格の70%を目安として決定されています。

固定資産税評価額は、基準となる路線価(固定資産税路線価)に市区町村が各種の調整を加え、評価額を決定しています。一方、相続税や贈与税の土地評価額(相続税評価額)は、路線価を利用して納税者側が土地の個別性を加味して算定します。

以上をまとめると、下記の表のようになります。

  公示価格(基準地価格) 相続税路線価 固定資産税路線価
目  的 土地取引の指標等、公共事業用地の取得、相続税路線価等の目安 課税目的(相続税・贈与税における土地評価) 課税目的(固定資産税・都市計画税、不動産取得税、登録免許税)
価格の基準日 公示価格:1月1日 毎年1月1日 1月1日(3年毎)
基準地価:7月1日
公表時期 公示価格:3月下旬 毎年7月上旬 3月初旬(3年毎)
基準価格:9月下旬
価格水準
公示価格の80% 公示価格の70%



4.土地価格の推定(簡便法)

前述のとおり、公示価格、相続税路線価、固定資産税路線価の間には次のような関係があります。

 (A) 路線価:公示価格の80%
 (B) 固定資産税路線価:公示価格の70%
      

この関係を利用すると、以下のような簡単な計算ができます。

 (イ)土地の実勢価格(目安)を推定したい場合
    ✓ 推定公示価格 → 相続税路線価 ÷ 0.8(路線価×1.25) 
                                 または
                              固定資産税路線価(≒固定資産税評価額) ÷ 0.7

  (例)相続税路線価が24万円/㎡の場合
       → 推定公示価格=24万円/㎡÷0.8=30万円/㎡

 

 (ロ)土地の固定資産税評価額(目安)を推定したい場合
    ✓ 推定固定資産税評価額 → 相続税路線価 ÷0.8 ×0.7  

   (例)路線価が24万円/㎡の場合
       → 推定固定資産税評価額=24万円/㎡÷0.8×0.7=21万円/㎡

      
なお、固定資産税や都市計画税の課税標準額は、固定資産税評価額とは必ずしも一致しません。課税標準額は、軽減措置(小規模住宅用地の軽減等)や負担調整率を考慮して決定されています。



清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年9月27日金曜日

非嫡出子の相続分の違憲決定に伴う相続税の取り扱い(速報)

1.平成25年9月4日の最高裁判所の決定について

民法の規定では、法律上婚姻関係のない両親から生まれた「婚外子」(非嫡出子)の相続については、「法律婚の子(嫡出子)の2分の1」とする旨が規定されています。

民法第900条4号
子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の二分の一とし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。
 
この民法規定を巡る裁判(平成13年7月に死亡した被相続人の遺産に関する裁判)で、最高裁は9月4日、「憲法に違反する」として非嫡出子の相続分に関する規定(非嫡出子の相続分を嫡出子の1/2とする規定)を無効とする判断を下しました。この結果、民法の相続分において、嫡出子と非嫡出子の差はなくなりました。


2.最高裁の決定を受けた相続税の扱い

(1)原則的取扱い

今回の最高裁の決定(違憲決定)を受けて、国税庁から相続税の扱いが公表されました。
今回の決定は、『確定的なものになった法律関係に影響を及ぼすものではない』と判示されていることから、決定の日(9月4日)を境に、違憲決定前(9月4日以前)か決定後(9月5日以後)かによって、取り扱いが分かれることになります。

すなわち、9月4日以前に相続税が確定している場合には、非嫡出子の相続分を嫡出子の1/2とする規定(以下、「嫡出に関する規定」)があるものとして相続税の計算・申告を行い、9月5日以後に相続税額が確定するものについては、「嫡出に関する規定」がないものとして相続税の計算・申告を行うことになります。


(2)例外的取扱い

原則的取扱いでは、9月4日と9月5日で、「嫡出に関する規定」の扱いに差が出ることになります。しかし、たった1日の差で相続税額に差が出るというのも、やや不公平感があります。そこで、9月4日以前に一旦確定した税額が、9月5日以後に変動するような場合には、「嫡出に関する規定」とする規定)がないものとして相続税の計算・申告ができることとされました。最高裁の決定事例が平成13年7月の相続であったため、相続税法でも平成13年7月以後に発生した相続が対象となっています。

例えば、平成25年8月31日に相続税の申告書を提出した場合を考えます。この場合、9月5日以後に新たに財産が見つかったり(申告漏れ)、評価に誤りが判明したため、修正申告書や更正の請求書を提出するとします。あるいは、9月5日以後に税務署による更正や更正決定があったとします。この場合には、一旦決定した税額が9月5日以後に変動するので、嫡出に関する規定がないものとして相続税額が計算されます。

ただし、「嫡出に関する規定」だけを理由とした更正の請求はできません。すなわち、「嫡出に関する規定」以外の理由で、確定した税額が変動することが必要になるわけです。

なお、平成25年9月4日以前の相続について、相続税の計算において「嫡出に関する規定」がないものとして扱われたとしても、『民法上の相続分』の扱いとは別の話であるという点を申し添えます。

上記の相続税上の扱いをまとめると、次の表のとおりになります。




詳細については、国税庁の以下のサイトをご覧ください。
http://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h25/saikosai_20130904/index.htm




清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年9月4日水曜日

72の法則

● 72の法則

『72の法則』というのをご存知でしょうか?
『72の法則』とは、一定利率で元本を複利で運用した時に、元本が2倍になるまでに必要な年数を求めるときに役立つ法則です。すなわち、「72÷年利率」で元本が2倍になる(概算)年数を求めることができます。例えば、年利率3%であれば、約24年(72÷3)、年利率6%であれば約12年(72÷12)で元本が2倍になるということになります。

『72の法則』を使った元本が2倍になる年数(簡便計算)と、2倍になるまでの年数を正確に計算した結果を一覧表にすると、以下のような表になります。①が「72の法則」で計算した年数(簡便計算)、②が2倍になるまでの正確な年数です。

表を見ると、年利率が4%~10%位までの範囲では、①「72の法則(簡便計算)」と②正確な計算結果はほとんど同じような年数になっています。すなわち、上記の年利率の範囲では、『72の法則』でかなり精度の高い近似値が得られていることがわかります。




● 『72の法則』が成り立つ理由

ここで、『72の法則』が成り立つ理由について考えてみましょう。
これは数学で簡単に証明できます。
元本をP円、利率をx%、元本が2倍になるまでの所用年数をn年とします。
すると、以下の式が成り立ちます。

2P=P(1+xn  ⇔ 2=(1+xn 
両辺の(自然)対数をとると以下のようになります。
2=(1+x)n  ⇔  ln 2nln(1+x)  n=ln 2ln(1+x)・・・ (1)
(1)式を元に計算した結果(=正確な年数)が上の表の②です。

ところが、(1)式の形だと、パソコン等がないと簡単に計算できません。
そこで手軽に計算できる近似計算が必要となるのです。この近似計算が『72の法則』です。

(1)式の分母の"ln(x+1)" に着目します。これを f(x)=ln(x+1) とおきます。
すると、f(x)テイラー展開によって以下のようなります。

f(x)ln(x+1)x1/2x21/3x31/4x4+・・・
ここで、x2 以後の項xが限りなくゼロに近づけば、無視しうる程度に小さい数(=ゼロ)になります。



そうすると、f(x)=ln(x+1)≈ x となります(一次近似)。
別の言い方をすると(xの値が十分小さければ)、y = ln (x+1)のグラフは、y = xのグラフとほとんど同じということです。
(下記グラフ参照。)




前記(1)の式を ln(x+1)  ≈ x を用いて変形すると、
n = ln2/ln(x+1) ⇔ n=ln2÷x ⇔ n・ x=ln2・・・ (2)
となります。

xを%単位で表示するために、(2)式の両辺に100を掛けると、n・(100x)=100・ln2≒69.31 となります(ln2≒0.6931です。)すなわち、『年数×利率(%)≒69.31』となります。

この69.31という数字に対応して"72"という数字が用いられるのです。
別に72でなくても、69、70あるいは71でもよいのですが、 この近辺の数値の中では、多くの約数を持つ"72"が最も計算しやすい数値なので、代表数値として用いられているということです。
ちなみに、元本が3倍になる年数を計算する場合は「年数×利率(%)≒109.8」になりますので、近似値として"108"を使うことができます。例えば、年利6%の場合に元本が3倍になる年数は、108÷6=18(年)と計算できます。


●72の法則を応用すると、元本が10倍になる年数も計算できるのか?

72の法則を使うと、『2倍の場合が72、3倍の場合が108だから、36の倍数を使って、4倍の場合は144、5倍の場合は180というように計算できるのではないか?』という推測も出てくるでしょう。概算年数の計算という点では「間違い」とまでは言えませんが、72という概算数値を援用して36の倍数を用いて計算していくと、「元本の3倍」までは精度の高い計算ができますが、それ以上になると精度がかなり落ちていきます。例えば、4倍の場合(144)は「4倍:年数×利率(%)≒138.6」、5倍の場合(180)は「5倍:年数×利率(%)≒160.9」となりますので、乖離がだんだん大きくなってきます。

ちなみに、元本が10倍になる年数を求める時に72の法則を使うと「360」となり、年利4%では90年と計算されます。ところが、本来の簡便計算では「10倍:年数×利率(%)≒230.3」となりますから、実際は60年弱で10倍になります。60年と90年ではだいぶ結果が違ってきますので、もはや「72の法則」は通用しません。なお、上記(1)式を用いて10倍になる正確な年数を計算すると、約58.7年となります。


● 利率が上がってくると、『72の法則』が成り立たなくなる

72の法則が成り立たないもう一つのケースを検討します。先ほどの近似計算では、x2 以後の項を無視して計算しました。上記の表を見ると、利率(=x)が上昇して100%を超えるようになると、①「72の法則(簡便計算)」と②正確な計算結果の乖離幅が大きくなっていることが分かります。すなわち、高い利率になると近似計算(切捨計算)が成り立たず、結果として、『72の法則』の精度が落ちていくのです。

これは、利率が上がると先ほど無視した部分が、無視できないような(大きな)数値になってくるためです。





数式では分かり難いかもしれないので、グラフで説明します。
利率(x)が低い領域では、y=ln(x+1)y=xの2つのグラフがほとんど一緒であることは、上記のグラフで説明した通りです。ところが、下記のグラフで見るように、利率が高い領域では、y=ln(x+1)のグラフは、y=xのグラフと同じようなものと言えないのです。利率が上がると、近似計算(=72の法則)が成り立たないのはこれが理由です。




清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年8月22日木曜日

ホーソン効果(Hawthorne Effect)は”なかった”のか?

1.ホーソン実験とホーソン効果

ホーソン実験とは、1927年から1932年にかけて、米国シカゴのウエスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた一連の実験を意味します。この実験では、従業員の作業効率に及ぼす様々な要因についての実験が行われました。例えば、「照明実験」は、工場の照明(の明るさ)と作業効率(組立個数)の関係を調べることを目的とした実験でした。照明を明るくすれば作業効率は上がり、逆に暗くすれば効率は下がるだろうと仮定したのです。

しかし実際は、照明を明るくした場合も暗くした場合も、どちらの場合も従来よりも作業効率が向上するという矛盾した現象が観察されたのです。従業員(被験者)には、実験を行っているという事実だけが伝えられており、実験の目的は明かされていませんでした。そこで、照明の明るさに関係なく作業効率が向上したのは、実験に参加している従業員(被験者)が、「自分達は重要な実験に参加しており、注目されている」と考えたことが原因ではないか、考えられるようになりました。

このように、従業員が抱く「周囲から注目(期待)されているという意識」が生産性を高める効果のことを、一般にホーソン効果(Hawthorne effect)と呼びます。





2.人間関係論と科学的管理法

20世紀の初頭にフレデリック・テイラーによって提唱された「科学的管理法」では、人間を機械のように扱い、労働への動機付けは主に「金銭」であると考えました。

しかし、ホーソン工場で行われた一連の実験により、生産性に影響するのは、①職場での人間関係、②職場のインフォーマルグループやその規範、あるいは、③指導監督者のリーダーシップであるという仮説が導かれました。

ホーソン実験は、経営学や心理学等の社会科学に大きな影響を与えました。例えば、ホーソン実験に始まる「人間関係論」は、テイラーの「科学的管理法」とともに、経営学発展の重要な試金石となりました。現在でも、経営学や組織論の教科書には、ほぼ100%の確率でホーソン実験(効果)取り上げられているといっても過言ではありません。


3.統計的見地から見たホーソン実験(ホーソン効果)

ところが、近年になって、当初行われたホーソン実験の結果を疑問視する論文がいくつか公表されるようになりました。当時実際に行われた実験データに基づき、統計的な解析を加えた結果、ホーソン効果に関して、統計上有意な(意味のある)結果は、認められなかったと指摘しています。

例えば次のような問題点が指摘されています。

(1)実験データは5人の女性作業員と3名の代替要員の合計8名に過ぎないこと。
(2)生産性の変化の指標(平均値)自体、極めて小さいこと。
(3) コントロールグループを設定した対照実験が行われていないこと。


(1)については、そもそもサンプル数が非常に少なかったということです。
(3)のコントロールグループを設定した実験とは、例えば以下のような2つのグループを設定して行う実験です。
★ Aグループ(コントロールグループ)
  ☛ 実験に参加していることを知らせずに照明の明暗だけ調整する被験者グループ

★ Bグループ(ホーソン効果を検証したいグループ)
  ☛ 実験に参加していることを伝えたうえで、照明の明暗を調整する被験者グループ

AグループとBグループを観察した結果、Bグループの方の生産効率が高いことが統計上示されれば、ホーソン効果の存在が立証できることになります。


4.ホーソン効果は存在するのか?

上記のとおり、ホーソン工場の実験によって示された「ホーソン効果」は、かなり疑義があると言わざるを得ません。また、ホーソン実験で”分かった”とされる実験結果は、その後多くの学者達によって、様々な意味合いが付与されてきた(拡大解釈されてきた)と言えるのかもしれません。

但し、上記の結果をもって「ホーソン効果は存在しない。」とまでは言えません。周囲からの期待によりモチベーションがアップし、結果的に生産効率が上がるというのは、十分納得できる帰結です。ただ、ホーソン効果の存在を実証するためには、1920年代に行われたのと同じような実験を、何度か行う必要があるのかもしれません。


【参考文献】
Jones, Stephen R. G. (1992). "Was there a Hawthorne effect?".American Journal of Sociology 98 (3): 451–468.



 
清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年8月16日金曜日

ビジネスモデル

本日は、ビジネスモデル(Business Model)のお話です。



1.「ビジネスモデル」という用語の誕生

ビジネスモデルという言葉が使われ始めたのは1990年代の後半、ちょうど米国のITバブル(「インターネット・バブル」とか「ドットコム・バブル」とも呼ばれていました。)の真っ最中だったように記憶しています。この時期には、いわゆるドットコム(dot.com)企業と言われるインターネット関連のベンチャー企業が続々と設立され、これらの会社がごく短期間のうちに株式上場を果たしました。1999年~2000年頃にかけてドットコム企業の株価は異常なまでに上昇しましたが、2001年にはバブルがはじけました。

日本でも当時「2000年問題」が話題となりましたが、(ちょうど同じ時期である)1999年~2000年頃、IT系企業の新規上場で株式市場が活性化しました。しかし、やはり2001年頃、日本でもバブルがはじけたのです。


2.ビジネスモデルの有効性を評価する2つのテスト

世の中にビジネスモデルについて書かれた本は沢山ありますが、今回ご紹介するのは、「ビジネスモデル」を検証する簡単かつ有効な方法として、Harvard Business Schoolの Joan Magretta 教授が提唱したテストです。

このテストはとてもシンプルで、(1) The Narrative Testと(2) The NumberTestの2つのテストから成ります。

(1) The narrative test

The Narrative Testとは、「モデルの有効性を論理的かつ説得力をもって説明できるか」ということです。すなわち、
 
   ① 顧客は誰か?
   ② 顧客は何に価値を見出しているか?
   ③ 顧客にどのようにして価値を提供できるか?
     という点について説得力をもって語ることができるかということになります。


(2) The numbers test

(1)のテストを通過したビジネスモデルが、(長期的に)収益(キャッシュフロー)を生むかどうかというテストです。言い換えると、ビジネスモデルを損益計算書やキャッシュフロー計算書に落とし込んだ場合、利益や資金を生むモデルになっているのか、ということです。

仮に価値のある製品やサービスを提供できたとしても、コストをカバーできるだけの収入(収益)がなければ、事業としては成り立ちません。


3.終わりに

上記の2つのテストは、別の見方をすると、「定性テスト」と「定量テスト」といえるかもしれません。

(1)定性テスト:顧客が認める価値とその提供方法を論理的に説明できるのか?
(2)定量テスト:数値面から、収益(資金)を生むモデルになっているのか?

上記の2つのテストは、至極当たり前のことです。
しかし、今まで様々なビジネスモデルを見てきた経験では、①顧客が認める価値についての分析が不十分だったり、②モデルの論理性(一貫性)が欠けていたり、あるいは、③事業として成り立つかどうか(コストはどの位かかって、いつまでに、いくら、どうやって稼ぐのか)が曖昧だったりすることが極めて多いことも事実です。

もちろん、完璧なビジネスモデルなど存在しないので、2つのテストで非の打ちどころのないモデルを構築する必要はありません。

重要なのは、2つのテストを行って、①モデルのどこに課題があるのか、②それをどのように改善すべきか、について十分検討することによって、自身のビジネスモデルをより良いものにしていくことです。

参考文献 Joan Magretta, Why Business Models Matter, Harvard Business Review, May 2002



清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年8月9日金曜日

5匹のサルの実験

本日は、5匹の猿を使った実験についてお話しします。キーワードは「猿」、「バナナ」、「はしご(踏み台)」、(冷水の)「放水」です。実験は3段階に分かれます。


● 第1段階

5匹の猿がオリに入れられます。オリの上からバナナが吊るされ、ちょうどその真下に(バナナに手が届くように)踏み台が設置されます。

一匹の猿がバナナを目がけて踏み台をよじ登ろうとすると、その猿に冷水が浴びせられます。さらに、残り(4匹)の猿にも同様に冷水が浴びせられます。猿が踏み台を登ろうとすると、その都度、登ろうとした猿と残り(4匹)の猿達に冷水が浴びせられます。

この実験は、踏み台を登ろうとする猿がいなくなるまで、すなわち、「バナナを取ろうとして踏み台に登ろうとすると、(すべての猿に)冷水が浴びせられる」ということを、5匹の猿が学習するまで、続けられます。水を浴びせるのは第1段階で終了します。


● 第2段階

5匹の猿が学習を終えたところで、1匹の猿がオリから出され、別の(新しい)猿がオリに入れられます。オリの中には、「新参者の猿:1匹」と古参の猿:4匹」という状況になります。

新参者の猿は、(予想通り)バナナを見つけると、取ろうとして踏み台をよじ登ります。そうすると、残り4匹の猿が(踏み台を登らせまいと)新参者の猿を目がけて一斉に襲い掛かります。その後も、新参者の猿が踏み台を登ろうとするたび、他の猿が襲い掛かります。そして最後には、新参者の猿は、踏み台をよじ登ろうとしなくなります。「踏み台を登ろうとすると仲間の猿から攻撃される」という教訓を学習したわけです。新参者の猿は、冷水を浴びせられた経験がないにも拘らず・・・。

新参者の猿が学習を終えると、(古参の)2匹目の猿がオリから出され、新しい猿がオリに入れられます。新参者の猿は、踏み台を登ろうとしますが、そのたびに他の4匹の猿から総攻撃にあいます。かくして、「踏み台に登ろうとすると酷い目にあう」ことを学習していきます。このようにして、新参者の猿の学習に合わせて3匹目の猿、4匹目の猿・・・と順次新しい猿と入れ替えられていきます。


● 第3段階

(古参の)5匹目の猿がオリから出され、代わりに新参者の猿が入ってきます。この時点で、オリの中に残っている4匹の猿はいずれも冷水を浴びせられた経験がない猿達となります。

例によって、新参者の猿が踏み台によじ登ろうとすると、残り4匹の猿は新入りに一斉攻撃を仕掛けます。(攻撃を仕掛ける4匹の猿達は)冷水を浴びせられた経験が全くないにもかかわらず・・・。


● 教訓

我々人間社会には、様々な規範や慣行があります。また、会社内にも様々なルールや仕事のやり方があります。こうした規範やルール等は、社会生活を行う上で、あるいは仕事を行う上で必要不可欠なものです。

しかしながら、かつては意味のあった規範やルール、あるいは仕事のやり方であったとしても、時代の流れとともに、今ではその意味がほとんど失われてしまっているものも少なくありません。
例えば、単に『前任者が行っていたから』という理由だけで、(その仕事の意味や目的を深く考えずに)行われている手続きも多々あります。

「5匹の猿の実験」の教訓として、時々フレッシュな視点で、「今の仕事のやり方、その意味(必要性)を再検討してみること」も必要でしょう。


● 備考

今回の5匹の猿の実験はかなり有名で、経営書にもたびたび登場するのですが、出典がよく分かりません。下記の1967年に行われた(猿を使った)実験がヒントになっているようですが、上記の実験に関するデータについては確認できませんでした。


 <参考文献>
F. ヴァーミューレン(2013)『ヤバい経営学: 世界のビジネスで行われている不都合な真実』  本木 隆一郎、山形 佳史(訳) 東洋経済新報社

G. ハメル& C.K.プラハラード(1995) 『コア・コンピタンス経営』」 一條和生(訳) 日本経済新聞社

Stephenson, G. R. (1967). Cultural acquisition of a specific learned response among rhesus monkeys. In: Starek, D., Schneider, R., and Kuhn, H. J. (eds.), Progress in Primatology, Stuttgart: Fischer, pp. 279-288.



清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年5月12日日曜日

教育資金の贈与

今さら申し上げるまでもないですが、教育には本当にお金がかかります。
ちなみに、幼稚園(3歳)から高校卒業までの15年間にどれ位の費用がかかるかご存知でしょうか?

文部科学省の『平成22年度子どもの学習費調査』によると、幼稚園から高校まですべて公立の場合の学習費総額は約500万円、一方、すべて私立の場合には、約1,700万円という調査結果が出ています。これに大学が加わると、教育費はさらに膨らみます。

ということで、今回は、平成25年度税制改正の中から、『教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置』について取り上げます。


1.制度の概要

平成25年度税制改正で、『教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置』が新設されました。祖父母や父母(直系尊属といいます。)が教育資金を孫や子へ一括贈与した場合、孫(子)1人当たり1,500万円まで贈与税が非課税とされました。非課税措置では、贈与する人数の制限はありません。例えば祖父母に孫が4人いるとすると、最大で6,000万円まで非課税で贈与することができます。

具体的なイメージは、以下の図表のとおりです。





 2.非課税措置の内容
  
(1)対象期間と対象額
  平成25年4月1日~平成27年12月31日までの間の供出額が対象です。

(2)贈与受ける者(受贈者)の条件
  30歳未満の個人に対する教育資金であることが条件です。

(3)供出(贈与)方法
  教育資金口座の開設等(※1)を行うことが必要です。

※1 「教育資金口座の開設等」とは、金融機関等との一定の契約に基づき、受贈者の直系尊属(祖父母など)から拠出された資金で受贈者の直系尊属(祖父母など)から①信託受益権を付与された場合、②書面による贈与により取得した金銭を銀行等に預入をした場合又は③書面による贈与により取得した金銭等で証券会社等で有価証券を購入した場合をいいます。

(4)非課税限度
  拠出額のうち1,500万円までの部分について、
  教育資金非課税申告書を(金融機関に)提出すると、贈与税が非課税となります。

(5)契約終了
  ①  受贈者が30歳に達したこと
  ② 受贈者が死亡したこと
  ③ 口座等の残高がゼロになり、かつ、教育資金口座契約終了の合意がなされたこと

  により、教育資金口座に係る契約は終了します。

6)贈与税が課される場合
(5)①又は③の理由で契約が終了した場合、非課税拠出額(1,500万円を限度 ※2)から教育資金支出額(学校等以外に支払う金銭については、500万円を限度 ※3)を控除した残額がある場合、その残額が契約終了日の属する年に贈与があった額とされます。

説明が少しわかりにくいですが、端的には上記の図表の    について贈与税が課されます。すなわち、その年の贈与税の課税価格の合計額が基礎控除額を超えるような場合、贈与税の申告期限までに贈与税の申告を行う必要があります。一方、    の部分が存在しなければ、すべて非課税となります。

※2 「非課税拠出額」とは、教育資金非課税申告書(又は追加教育資金非課税申告書)に本制度適用を受けるものとして記載された金額を合計した金額(1,500万円を限度)を意味します。

※3 「教育資金支出額」とは、金融機関等の営業所等において、教育資金として支払われた事実が領収書等により確認され、かつ、記録された金額を合計した金額をいいます。


3.補足説明

(1)教育資金の意味
  教育資金とは以下のようなものを意味します。

  ①  学校等(※4)に対して直接支払われる以下のような金銭
     (ⅰ)入学金、授業料、入園料、保育料、施設設備費又は入学(園)試験の検定料など
     (ⅱ)学用品の購入費や修学旅行費や学校給食費など学校等における教育に伴って
        必要な費用など

  ② 学校等以外(※5)対して直接支払われる金銭で社会通念上相当と認められるもの

   ● A.役務提供又は指導を行う者(学習塾や水泳教室など)に直接支払われるもの

    (ⅲ) 教育(学習塾、そろばんなど)に関する役務の提供の対価や施設の使用料など

    (ⅳ) スポーツ(水泳、野球など)又は文化芸術に関する活動(ピアノ、絵画など)
       その他教養の向上 のための活動に係る指導への対価など

    (ⅴ)(ⅲ)の役務の提供又は(ⅳ)の指導で使用する物品の購入に要する金銭

    ● B.上記A以外(物品の販売店など)に支払われるもの
    (ⅵ) ①-(ⅱ)に充てるための金銭であって、学校等が必要と認めたもの


※4 「学校等」とは、学校教育法で定められた幼稚園、小・中学校、高等学校、大学(院)、専修学校、 各種学校、一定の外国の教育施設、認定こども園又は保育所等などをいいます。

※5 学校等以外に支払う金銭について非課税措置が利用できる限度は500万円となります。

(2)教育資金口座からの払出し及び教育資金の支払
教育資金口座からの払出しや教育資金の支払を行った場合、その支払に充てた金銭に係る領収書などその支払の事実を証する書類等(原本)を、次の①又は②の出期限までに教育資金口座の開設等をした金融機関等の営業所等に提出する必要があります。

 ① 教育資金を支払った後、実際に支払った金額を教育資金口座から払い出す方法を教育資 金口座の払出方法として選択した場合
  ☛  領収書等に記載された支払年月日から1年を経過する日

 ② ①以外の方法を教育資金口座の払出方法として選択した場合
  ☛  領収書等に記載された支払年月日の属する年の翌年3月15日

上記①又は②の払出方法の選択は、受贈者が教育資金口座の開設等時に行います。


(3)外国の教育施設への支払
  国際化社会が進展する中、①外国の大学や大学院への留学、②両親の海外赴任に伴って外国で教育を受けるケースも考えられます。教育資金の非課税制度は、一定の外国の教育施設についても認められます。なお、渡航費や滞在費あるいは下宿費用は非課税対象になりませんが、学校の寮費など(教育に付随する費用として)学校に支払われたことが明らかなものは非課税対象となるようです。
 ちなみに、外国で受ける教育費用-例えば、欧米の大学以上の高等教育に係る費用-は大変高額です。そこで、この制度を利用して海外留学することも検討できるかもしれません(報道によると、日本の若い人達は、内向き志向と言われているようですので・・・。)

なお、「祖父母などから教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税制度」の詳細については、国税庁のHPに「パンフレット」や「Q&A」がまとめられておりますので、そちらをご覧ください。

また、教育資金口座の開設等の手続きについては、金融機関(銀行、信託銀行、証券会社)にお問い合わせ下さい。


今回は以上です。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年5月7日火曜日

事業承継税制の改正について


本日は、平成25年税制改正の中から、『事業承継税制』に関する改正ポイントを説明いたします。

1.事業承継税制とは何か?

事業承継税制とは、端的に言えば、非上場株式(自社株式)に課される税金(贈与税や相続税)の全部または一部を繰延べできる制度(=納税猶予制度)です。自社株式の相続や贈与時の時価は、予想以上に高くなるのが通常です。他方、自社株は流通性がほとんどありませんから、換金できない株式に高額な贈与税や相続税が課されると、事業承継に支障が出る可能性があります。こうした事態に対応して、一定の条件を満たす場合、中小企業の後継者が、現経営者から会社の株式を承継する際、相続税・贈与税が軽減(相続:80%分、贈与:100%分)される制度が事業承継税制(納税猶予制度)です。


2.制度適用のための一定の条件とは?

事業承継税制は、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(円滑化法)」を基礎とした制度です。円滑化法は、① 遺留分に関する民法の特例、② 事業承継時の金融支援措置、③ 事業承継税制の基本的枠組み を盛り込んだ事業承継円滑化に向けた総合的支援策の基礎となる法律ですが、③の事業承継税制が納税猶予制度に該当します。
すなわち、税法が円滑化法を借用して、円滑化法の一定の要件を満たす中小企業について、納税猶予の適用を受けることができるように制度化されているのです。

事業承継税制(納税猶予制度)の適用要件はかなり複雑ですので、ここで詳しく説明することはいたしませんが、ご興味のある方は、下記の中小企業庁のサイトで『最新版(平成25年度)の中小企業経営承継円滑化法申請マニュアル』をご覧ください。

☛ 中小企業庁:中小企業経営承継円滑化法 申請マニュアルについて

円滑化法について一点注意すべきなのは、この法律が「中小企業の雇用の維持・確保」を重視しているという点が挙げられます。すなわち、「中小企業の雇用確保 → 円滑な事業承継 → 贈与税・相続税の負担軽減 → 納税猶予」という流れが根底にあることに留意する必要があります。言い換えると、(後半の)「(経営者の)税負担軽減 → 納税猶予」という目的だけで、設定された法律ではなく、(円滑化法の)納税猶予が認められる「一定の条件」はかなり厳し目に設定されているということになります。

今回の改正では、この厳しい条件の一部が緩和されました。


3.改正点(要件緩和)

平成25年度税制改正で事業承継税制の適用要件が以下の通り緩和されました。

(1)事前確認の廃止:手続の簡素化(平成25年4月以後)
従来、制度利用の前に経済産業大臣の「事前確認」を受ける必要ありましたが、平成25年4月後は、事前確認を受けていなくても制度利用が可能になりました。

(2)親族外承継の対象化~親族以外にも拡大(平成27年1月以後)
現行では、後継者は現経営者の親族に限定されていますが、改正後は親族外承継も対象となります。

(3)雇用の8割維持要件の緩和(平成27年1月以後)
現行では、雇用の8割以上を「5年間毎年」(毎年度末)維持することが要件とされていますが、雇用の8割以上維持要件が「5年間平均」となります。例えば、現行は5年間で1回でも8割要件をクリアできないと納税猶予が打ち切りとなりましたが、改正後は、8割要件をクリアできない年があっても、5年間平均でクリアできればよいことになります。

(4)納税猶予打ち切りリスクの緩和(平成27年1月以後)
現行では、要件が満たせずに納税猶予が打ち切られた場合、納税猶予額に加え利子税(年2.1%)の支払いが必要です。平成27年1月以後は、①利子税率が引下げられる(2.1%→0.9%)とともに、②承継5年超で5年間の利子税が免除されることになりました。

また、事業の再出発にも配慮がなされました。現行は、相続・贈与から5年後以降は、後継者の死亡又は会社倒産により納税が免除されています。改正後は、民事再生、会社更生、中小企業再生支援協議会での事業再生の際にも、納税猶予額を再計算し、一部免除されることになります。

(5)役員退任要件の緩和:現経営者の退任要件を緩和(平成27年1月以後)
現行では、(贈与税の納税猶予の適用を受ける際)現経営者は、贈与時に役員を退任すること(いわば、「生前隠居」)が必要です。改正後は、贈与時の役員退任要件が代表者退任要件に緩和され、現経営者は(贈与後も引き続き)有給役員として残留することが可能となります。

(6)債務控除の計算方法の変更(平成27年1月以後)
現行では、猶予税額の計算で現経営者の個人債務や葬式費用を株式から控除するため、猶予税額が少なく算出されます。改正後は、現経営者の個人債務や葬式費用を株式以外の相続財産から控除することに変更されるので、その分、納税猶予額が増えることになります。

今回は以上です。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年4月7日日曜日

ホテリングの立地競争モデル(2)

前回、ホテリング(Harold Hotelling:1895 –1973)の立地競争モデルで、以下の2つのことを取り上げました。

① 2つの店が直線上の中間点に隣接して出店するのが均衡であること
② この均衡は安定的であること(どちらの店も、別の場所に出店したいというインセンティブを持たないこと)

今回は、このような出店(中心地に隣接出店)を消費者の観点から考えてみます。


■ 安定的な均衡(=中央立地) は 消費者にとって最も望ましい立地ではない

まず、「中心地の隣接出店」は消費者にとって望ましいものでしょうか。この点、直感的には「望ましくない」と思われるのではないでしょうか。

先の海水浴場のアイスクリーム屋の例で考えてみます。海水浴場の両端にいる人達にとって、ビーチの真ん中までわざわざアイスクリームを買いに行くのはかなり不便です。一方、中央付近にいる人達にとっては、どちらのアイスクリーム屋に行っても同じです。商品や価格は全く同じなので、2つの店が隣接している必要はないわけです。

したがって、消費者全体で見ると、2つのアイスクリーム屋が離れて立地している方が便利ということになります。


■ 消費者にとって望ましい立地

ここで、先の「直感」をもう少し厳密に検討してみます。A-Bの距離を1、消費者の移動コスト(足代)をtで表します。売っている品物と値段を同一とすると、違うのは消費者の移動コスト(足代)だけですから、この移動コストに絞って考えます。

赤の三角形の面積はX社へ、青の三角形はY社へ買いに行くコスト(足代)の合計となります。この例では2つの店が中央に位置しているので、色の違いはあまり関係ありません。消費者の限界移動コストをt、線分A-Bの長さを1とすると、消費者の移動コストの合計は、下の赤の三角形と青の三角形の面積合計となり、その面積はt/4と計算されます。


ところが、XYが少しでも離れると、三角形の面積合計は小さくなります。赤がXに行くためのコスト、青がYに行くためのコストの合計ですが、上の図の三角形の面積(=t/4)と比べて三角形の面積合計が減少しているのが分かります。


結局、赤と青の三角形の面積合計が最も小さくなるような立地が、消費者にとっては最も望ましい立地となります。消費者にとって最適な立地は、左から1/4、右から1/4の位置に2店が出店するケースです。この結果、X社、Y社が中央に出店するケース(=t/4)に比べると、消費者の移動コストは半分(=t/8)になります。


なお、消費者によって最適な立地に関する詳しい計算プロセスに興味のある方は、末尾の「数学的補足」を見ていただければと存じます。もっとも、わざわざ計算するまでもなく、最小コストが実現できる(三角形の面積合計が最も小さくなる)2店舗の立地場所は、上記のような位置になることが、直感的にも分かるかと思います。


■ 均衡点が安定的な均衡とは限らない

ところで、前回説明したとおり、上記のような消費者にとって望ましい均衡点は、安定的な均衡ではありません。X社,Y社のいずれか一方が他方に近づくことで、(近づいた方が)より多くの消費者を獲得できるからです。結局、安定的な均衡は、(X社、Y社ともに)中心点での隣接立地となります。

また、(X社とY社が同じだけの消費者を獲得する)均衡点はA-B上に無数に存在します。xy=1(0<xy<1)を満たすxyの組み合わせは無数にあるからです。しかし、これらの均衡点も、x=y=1/2でない限り不安定な均衡点です。

結局、(X社,Y社という)当事者に任せている限り、消費者にとって望ましい立地が実現できないことになります。そこで、「消費者にとって望ましい立地を実現する政策が必要になる」という考えが生まれます。

このホテリングの議論の延長線上に、昨今注目を浴びている「空間経済学」の考え方があるような気もします。


■ 出店数が3つ以上の場合

上記は、出店数が2つの場合の均衡点でした。出店数が3つ以上の均衡点はどうなるでしょうか。実は、3店舗以上の場合、常に安定的な均衡が存在するとは限りません。ちなみに3つの場合、安定的な均衡点はありません。4つの場合は、("0-1"の線分上において)1/4と3/4の点に2つずつ立地するのが安定的な均衡となります。6店舗の場合、1/6,3/6(=1/2),5/6の3箇所に各2つずつ出店するのが安定的均衡となります。 すなわち、3つ以上の奇数店舗のケースについては、安定的な均衡は存在しないことになります(ご興味があれば、図を描いて試してみてください。)

今回は、ちょっとした頭の体操のような話題でした。



【数学的補足】

XとYがどのような位置に立地すると、三角形の面積が最小になるでしょうか。数学的にこれを知るためには、①から④の部分に分解して考えます。Xの位置をx、Yの位置をyと置き、0<xy<1(xyの左側に位置すると考える) とすると、①~④は、t,x,yを用いて上記のように表すことができます。tは消費者の(限界)移動コストです。



①~④の合計が消費者にとっての(社会的)コスト(SC:Social Cost)と考えると、SCは(上記の式を整理して)以下のように表すことができます。

SC=g(x,y)とすると、x,yの2階偏微分はそれぞれプラスとなりますので、SCの最小値は、δg/δx=0, δg/δy=0を解くことで求まります。


δg/δx=0, δg/δy=0を解くと、x=1/4, y=3/4となり、SC=t/8と計算されます。すなわち、X社、Y社が中央に出店するケース(=t/4)の半分のコストになります。したがって、以下のようにXとYが立地することが、消費者にとっては最も望ましいことになります。



清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月31日日曜日

ホテリングの立地競争モデル(1)

今回は、以前の記事で登場した統計学、数理経済学の大家であるホテリング(Harold Hotelling:1895 –1973)についてとりあげます。今回取り上げるのは、ホテリングの立地競争モデルと呼ばれるものです。

■ 設例

下記の図のようなA点とB点を端点とする一直線の道(又は隣接する鉄道の駅)を考えます。この道(線路)沿いに、X社とY社がそれぞれ出店を計画しているとします。X社とY社はA-B間のどこに店を出店することになるでしょうか。但し、以下のような条件が付されているとします。


① 道(線路)沿いには同じ人口密度で住民が住んでいる。
② X社とY社以外に出店する可能性はない。
③ X社,Y社の商品は汎用品(あるいはまったく同一の商品)で、差別化されていない。
④ 住民は自宅から近い方の店に行く。
⑤ 店が自宅から等距離の場合、無作為に(確率50%で)どちらに行くかを決める。
⑥ X社とY社はお客をなるべく多く集めたい(利益の最大化をしたい)と考えている。
⑦ X社とY社はお互いの店の存在や目的(利益最大化目的)を知っている。


■ 海水浴場のアイスクリーム店

上記のように①~⑦まで色々な条件を付けたので少し混乱するかもしれませんが、例えば、A点,B点を両端とした海水浴場に店を出そうとしている2つのアイスクリーム屋を考えれば良いと思います。売っている品物も値段も同じ(条件③)とすると、お客さんはどちらか近い方の店に行き(条件④)、仮に等距離の場合にはランダムに(50%の確率で)どちらに行くか決めるでしょう(条件⑤。)また、2つのアイスクリーム店は、それぞれ同じ目的(=利益最大化)を目指して行動し(条件⑥)、お互いに相手の目的や立地場所を知っている(条件⑦)と考えられます。
  ①、②の条件はやや非現実的ですが、それ以外の条件(③~⑦)については、必ずしも非現実的とまでは言えないと考えられます。



■ 最適な出店場所

さて、X社とY社の例に戻ります。それぞれの最適な出店場所を考えるにあたって、まず、X社が先に出店するケースを考えます。下の図のようにX社がややA地点寄り(中心から左寄り)に出店した場合、Y社はどこに出店すればよいでしょうか。


 ここで、話を整理して考えるために、Y社はX社よりも常に右側(B地点側)に出店するとします。そうすると、X社の左側からA地点まで(←の矢印)については、X社がシェアをとります。一方、Y社の右側からB地点まで(→の矢印)については、Y社がシェアをとります。X社とY社の間は、ちょうど中間点を境に、X社とY社がシェアを分け合います。したがって、Y社はX社のすぐ右隣に出店するのが最適な戦略となります。



■ X社とY社の最適な立地場所

先にY社が出店した場合も同様です。結局、X社、Y社は隣接して出店することになります。また、X社、Y社は利益を最大化(シェア最大化)をしたいと考えていますから、それぞれA地点とB地点のちょうど中間地点に出店することになります。仮に、上の例のようにX社がA地点寄りに出店すれば、Y社がX社のすぐ右隣に出店することで、Y社の方より大きなシェアを獲得できるからです。結局、X社とY社は(A地点とB地点の)中間地点に隣接して出店することになるわけです。



そして、いったんこの均衡状態に達すると、X社,Y社ともに、これ以上出店場所を変更しようという動機が起こりません。なぜなら、仮にY社がA地点とB地点の中間に立地するX社から離れて出店しようすると、Y社のシェア(売上)はX社よりも少なくなってしまうからです。

上記の均衡は安定的であり、ゲーム理論でいうところの「ナッシュ均衡」に該当します。


■ 立地競争モデルの理論で説明できる事例

ホテリングのモデルで説明できるのは立地状況だけでなく、以下のような事例が考えられます。

① 2大政党のマニフェストが似通ってくること。(中道的な政党がより多くの支持を得ること。)
② 製品の性能や価格が似かよったものになっていくこと。

今回は以上です。次回も引き続き、立地競争モデル扱います。


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2013年3月24日日曜日

 「ステューデント」のt検定(閑話休題)

統計学の理論的な(堅苦しい)話が続いているので、今回は少し柔らかい話をしたいと思います。統計学を勉強した人なら誰もが知っていると思われるステューデントのt検定に関連する話題です。話は約100年前に遡ります。

■ ゴセットとギネスビール

オックスフォード大学で数学と化学の学位を得たウィリアム・シーリー・ゴセット(William Sealy Gosset:1876~1937)は、アイルランドの老舗ビール会社であるギネスビール醸造所へ入社しました。ちなみに、ギネス社は「ギネスビール」の他、ギネスブックの出版元としても有名です。

ビール会社と統計学に何の関係があるのでしょうか?

実は、ビールの製造過程では麦芽汁を発酵させる必要があり、発酵に必要な酵母の数を出来るだけ精緻に計算する必要があるのです。酵母が少なければ充分に発酵しませんし、多すぎると逆に苦くなってしまうのです。

酵母は生き物なので(酵母)細胞は絶えず増殖・分裂します。また、発酵に使う酵母細胞のすべてを検査するわけにもいきませんから、一部分をサンプル(標本)として抜き取って数えることになります。この少数のサンプルから全体を推定することがゴセットの課題でした。 


■ その名は「ステューデント」

ゴセットは自宅で小さなサンプルを繰り返し抽出し、何度も数値計算を行い、その結果を記録していきました。コンピュータなどない時代ですからすべて手計算です。このような作業には、相当の忍耐力が必要だったことは想像に難くありません。ゴセットの研究は当時バイオメトリカ誌の編集者であったカール・ピアソン(K. Pearson)の目に留まり、1年間の研究休暇をとってピアソンの下で研究を行いました。ゴセットが酵母に関する研究成果をまとめたとき、ピアソンは自分が編集しているバイオメトリカ誌に論文として公表したいと考えました。
ところが、ゴセットは会社に内緒で研究していました。また、研究発表の内容は(ゴセットの貢献が大きいとはいえ)ギネス社の企業秘密に関するものです。そこで、論文発表の際には「ステューデント」というペンネームを使って発表することにしたのです。これが「ステューデント」の由来です。その後約30年間にわたって、「ステューデント」は、数々の重要な論文を書き、その大半がバイオメトリカ誌に掲載されたそうです。中でも特に重要な研究成果の一つが、ステューデントのt検定と呼ばれるものです。この考え方は、The Probable Error of a Mean(1908)という論文で初めて公表され、以後、統計学の発展において極めて重要な役割を果たしました。


■ すべては秘密裏に


生前、ゴセットの研究活動は(少なくともギネス社のオーナーである)ギネス家には気づかれなかったようです。これを裏付けるかのように、アメリカ人の統計学者であるハロルド・ホテリング(H. Hotelling)が、当時「ステューデント」ことゴセットに会おうとした時、『すべて秘密裏に準備が整えられ、さながらスパイ・ミステリーのようだった』と述懐しています(ホテリングについては、後日とりあげる予定です。)

ゴセットはギネス社にとって重要な人材だったようで、ロンドン醸造所所長というポストを得ています。ゴセットが61歳で亡くなった後、彼の友人がゴセットの論文集を一冊の本にまとめるため、ギネス家に印刷費の援助を求めました。その時なって初めて、ギネス家はゴセットの活動を知ったということです。


参考文献:『統計学を拓いた異才たち』 David S. Salsburg (原著) 日本経済新聞社 2006年


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2013年3月17日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(7)

■ 離散型確率分布と連続型確率分布

前回までの説明に用いた2項分布(Binomial Distribution)は、「離散型確率分布(Discrete Probability Distribution)」と呼ばれる確率分布です。「離散型」とは文字通り、「離れ離れ点在する」という意味です。先の部長承認の統制では、逸脱(承認漏れ)件数は、0,1,2,3,4,5,6・・・となり、こうした点在する値に対応して確率が計算されることになります。

下のグラフは、サンプル数25件、逸脱率9%の二項分布のグラフです。表示上は滑らかな曲線に見えますが、実際は、逸脱件数(自然数)に対応した確率が点在するグラフです。逸脱件数が2件(≒25件×9%)の時の確率が最大で、逸脱が0件の時の確率が10%を少し下回っているのが分かります(危険率が10%未満ということなので、信頼度90%以上を意味します)。




一方、例えば、日本人男性全員の身長を集めたデータは、下記の図のようなツリガネ型の正規分布(Normal Distribution)に従っていると考えられます。正規分布は連続型確率分布(Continuous Probability Distribution )となります。連続型分布の場合、(データが切れ目無く存在しますので)滑らかな曲線となります。



■ 二項分布から正規分布へ

上記の2つのグラフを比べると、グラフの形がかなり違います。しかし、二項分布でサンプル数を50件、100件、200件と増やしていくと、正規分布に徐々に近づいていくことが分かります。






なお、2項分布について、サンプル数:n→∞とすることで、正規分布になることは、数学的にも証明できます。

■ 許容逸脱率、信頼度、サンプル件数の関係

ここまでの議論で、以下の2つのことが言えることがお分かりかと思います。

① 許容逸脱率が低くなると、サンプル件数は増加する。
② 信頼度が高くなるほど、サンプル件数は増加する。


許容逸脱率は監査人が設定するハードルであり、このハードルを高めれば(許容逸脱率を低くすれば)、サンプル数は増加します。

一方、信頼度を高めることは、危険率(100%-信頼度)を低くすることになりますので、サンプル件数は増加します。

信頼度、許容逸脱率、(必要)サンプル件数の関係を示すと以下のようになります。   

信頼度:90%信頼度:95%
許容逸脱率:9%
25
32
許容逸脱率:6%
38
49
許容逸脱率:3%
76
99


■ 予想逸脱率、許容逸脱率、サンプル件数の関係

25件のサンプルの例や上記の①、②の説明においては、監査人の(母集団に対する事前)予想は考慮していませんでした。すなわち、監査人が事前に設定するのは「許容逸脱率」だけであり、(サンプル件数の決定時には)サンプル中には逸脱がないという暗黙の想定をしています。

ところが、過去の監査の実績等により、監査人が会社の統制の逸脱率を知っている場合があります。この逸脱率を予想逸脱率(Expected Population Deviation Rate)などといいます。

この点、先の部長決裁の統制について、(過去に何度か行った監査の実績で)「サンプル25件中に1件も逸脱がなかった」いう程度の情報では、「母集団の逸脱率は判明していない」ということを申し添えます。言い換えると、この場合は、「逸脱率は恐らく9%未満だろう」ということ位しか分かっていないのです。「逸脱率を知っている」という意味は、(部長決裁の統制の例で考えると)過去の監査の結果から、予想逸脱率(期待値 又は 平均値)が6%であることが分かっているような場合を意味します。

このように、母集団の予想逸脱率が分かっているケースでは、監査人が予想逸脱率を考慮して(サンプル中に一定割合の逸脱が存在することを見越して)、サンプル件数を決めることになります。

予想逸脱率が6%と分かっている場合、25件のサンプルには平均1.5件(25件×6%)の逸脱が含まれていると予想されますので、(許容逸脱率を9%とすると)25件のサンプルでは不足します。また、42件のサンプル(1件だけの逸脱ならOK)を選んでも、平均2.5件の逸脱(42件×6%)が含まれていることが予想されますから、42件ではサンプル数不足です。

このように、サンプル数を増やすと(予想逸脱率に)比例して予想逸脱件数も増えていくので、(必要)サンプル数はどんどん増加していきます。結局この場合は、182件のサンプル(予想逸脱件数は11件)が必要となります。予想逸脱件数の11件は、「182件(サンプル数)×6%≒11件」に対応しています。

許容逸脱率:9%、信頼度:90%の前提で、予想逸脱率と必要サンプル件数の関係を示すと以下のようになります。なお、( )内は逸脱数です。

予想逸脱率:0%予想逸脱率:4%予想逸脱率:6%予想逸脱率:8%
25(0)
73(3)
182(11)
1,437(115)


【Excel関数による計算】


● 予想逸脱率が6%(逸脱件数:11件)のケース
 =BINOM.DIST(逸脱件数(=11), サンプル数(=182), 逸脱率(=0.09), TRUE)=0.09836

● 予想逸脱率が8%(逸脱件数:115件)のケース
 =BINOM.DIST(逸脱件数(=115), サンプル数(=1,437), 逸脱率(=0.09), TRUE)=0.099675


 したがって、予想逸脱率に関して以下のことが言えます。


③ 予想逸脱率が高いほど、サンプル件数は増加する。
④ 予想逸脱率が許容逸脱率に近づくほど、サンプル件数は増加する


25件のサンプルの話題を題材に、7回にわたり統計的サンプリングをとりあげましたが、今回で終了です。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月10日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(6)

前回までは、25件のサンプルで1件も逸脱(承認漏れ)がなかったケースを取り扱いました。今回は承認漏れが見つかったケースについて考えたいと思います。


■ 25件中、1件逸脱(承認漏れ)があった場合

前回説明したように、ある事象が起きる確率をPBとした場合、試行を回行って、ある事象がx回起こる確率をPB(x)とすると、確率PB(x)は以下のように表すことができました。

  
 PB(x)=nxx(1-p)n-x  

2項分布の確率計算で、1件の逸脱(承認漏れ)が出る確率PB(1)は、以下のように計算されます。
 PB(1)=251 ×(0.09)1×(1-0.09)25-1 =251 ×(0.09)1×(0.91)24≒23.40%

(許容)逸脱率9%の場合、25件中1件の逸脱(承認漏れ)が生じる可能性は約23%となるので、1件でも承認漏れがあったら、「90%以上の信頼度で逸脱率が9%以下である。」とは、残念ながら言えないことになります

この場合、2つの対応が考えられます。1つは、サンプル数を増やしてもう1回検討する方法、もう1つは、逸脱率が9%を超える統制(=弱い統制)という前提で監査を進める方法です。後者は簡単にいえば、内部統制にあまり頼らずに、(試査範囲を広げて)監査を行うということです。後者は監査実務固有の話になるので、今回は前者の(サンプル数を増やす方法)を取り上げます。


■ 1件承認漏れがある場合の必要サンプル数

1件承認漏れがある場合、以下のようなサンプル数(n)を求めればよいことになります。

二項分布を前提として承認漏れが1件見つかった場合、90%の信頼度を得るには、少なくとも 件のサンプルが必要になる。


ここでは仮にサンプル数を40件とします。すると、1件の承認漏れがある確率は、n=40として上の式を使って計算すると、約9.10%となります。そうすると、あと、15件(40件-25件)追加サンプルを選んで、15件中1件も逸脱がなければ、一見良さそうな気がします。しかしこれは間違いです。

というのも、この9.10%というのは、「40件中ちょうど1件の逸脱が発生する確率」であって、「40件中1件以下の逸脱が発生する確率」ではないからです。すなわち、計算においては40件中1件も逸脱が発生しない確率も考慮しなければならないのです。

ここで、n件中1件も逸脱が生じない確率をPB(0),1件逸脱が発生する確率をPB(1)とすると
PB(0)+PB(1)<10% となるように、サンプル数を決定する必要があるのです(ちなみに符号は、≦,<のどちらでも構いません。)

この場合の最小サンプル数を計算すると42件となります。したがって、追加で17件(42件-25件)サンプルを選び、追加サンプルに1件も逸脱(承認漏れ)がなければ、90%以上の確率で(母集団の)逸脱率は9%以下であると判断できることになります。

■ 逸脱(承認漏れ)が2件以上の場合 ☛ 計算は複雑化

逸脱が1件程度なら何とかなりますが、2件、3件と増えて行った場合(監査上どう取り扱うかは別にして)、その分沢山のサンプルが必要となります。仮に、逸脱が3件まで許容できるとした場合、PB(0)+PB(1)+PB(2)+PB(3)<10%となるように、サンプル数を決定しなければなりませんから、手計算では煩雑になります。

上記の(累積)確率をExcel関数を使って計算する場合、計算式は以下のようになります。

=BINOM.DIST(逸脱件数, サンプル数, 逸脱率(0.09), TRUE)

ただ、上記のExcel関数を使ったとしても、試行錯誤を行って10%の危険率(90%の信頼度)を満たすようなサンプル数を見つける必要がありますので、計算はやや煩雑となります。

今回はここまでとします。

次回は、「二項分布」と「正規分布」との関係の説明と今まで(1回〜6回)のまとめをしたいと思います。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office


2013年3月3日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(5)

前回の続きです。

■ (再び)許容逸脱率は監査人の判断

母集団全体の本当の逸脱率(部長決裁が必要な全取引のうち、部長決裁を受けていない割合)は誰にも分かりませんもちろん、理屈上は誰かが取引全部を調べれば、本当の逸脱率は判明するのですが・・・。

極端にいえば、監査人は母集団の真の逸脱率自体を知りたいわけではありません。監査人が本当に知りたいのは、母集団の逸脱率が、(監査上許容できると考えている)一定の逸脱率より高いか低いかというこです。すなわち、(許容)逸脱率は、(事実としての逸脱率ではなく)監査人の価値判断によって決まってくる数値ということになります。逆にいえば、(監査人の判断である)許容逸脱率を決めないと、サンプル数も決まらないことになります。

なお、(実施基準の)25件のサンプルの例では許容逸脱率を9%と設定していますが、「何故9%なのか」については、私自身もよく分かりません。しかし一般的には重要な統制ほど許容逸脱率は低く設定され、サンプル数は多くなります。


■ もう少し理解を深めるために

ここで、もう少し理解を深めるために別の視点で考えてみます。「信頼度を90%とした場合、母集団全体の逸脱率は何%になるか?」ということを考えます。ここからの話は、監査人の判断(許容逸脱率)と母集団の推定逸脱率(上限逸脱率)との比較となります。

言い換えると、

許容逸脱率を9%として、25件のサンプル中1件も逸脱がない確率は9.46%(信頼度が90.54%)
                       ↓↓↓
信頼度がちょうど90%になるような、母集団の上限逸脱率(q)は何%か?


ということです。前回も少し説明したとおり、直感的に、「母集団全体の上限逸脱率は、9%より低いのではないか」と思われるでしょう。その直感が正しいことは、計算によって確かめられます。正確には、母集団の上限逸脱率は約8.8%になります(この計算の詳細は、末尾の数学的補足の(2)を参照ください。)

すなわち、上限逸脱率(8.8%)<許容逸脱率(9%)ですから、(90%の信頼度で)統制は有効であると判断できるわけです。

結局、25件のサンプルと逸脱ゼロは、以下のように解釈できます。

① 2項分布を前提に
② 許容逸脱率を9%と設定し
③ 25件のサンプルを選び
④ (サンプル中に)1件も逸脱(承認漏れ)がなければ
⑤ 90%以上の確率で
⑥ 母集団の上限逸脱率は8.8%となり、許容逸脱率(9%)を下回るから
⑦ 統制は有効であると判断できる。


蛇足ながら、許容逸脱率(9%)と信頼度(90)%は全く関係ありません。例えば、信頼度が90%の場合の危険率は10%(100%-90%)となりますが、ここで、許容逸脱率を仮に10%とすると、危険率も許容逸脱率も同じ10%になるので、混乱が生じるようです。許容逸脱率というのは(統制を評価する)監査人が設定する数値であり、信頼度や危険率とは無関係です。

2013年2月24日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(4)

今回は前回までの話を前提に、2項分布(Binomial Distribution )を取り上げます。

■ 2項分布の基礎

2項分布(Binomial Distribution)とは、例えば「コインを5回投げて表が2回以上出る確率」とか、「サイコロを10回投げて1回も1の目が出ない確率」のように、結果が2通り(成功 or 失敗)しかないような確率分布です。コインであれば"表"or"裏"、サイコロであれば"1の目が出る"or"1の目が出ない"の2通りの結果しかありませんので、2項分布となります。

ここで少し前提知識をお話します。コインやサイコロを投げることを「試行」といいます。このとき、


① 試行の結果は、ある事象が起こるか起こらないかの2通りである。
② 個々の試行の結果は、独立(お互いに影響を受けない)である。 

という条件を満たす試行のことベルヌーイ試行といい、2項分布はこのベルヌーイ試行の確率分布となります。

ここで、ベルヌーイ試行の例として、サイコロを10回振る例を考えます。サイコロを振って1の目が出る確率は1/6,1の目が出ない確率(1以外の目が出る確率)は5/6です。前述のとおり、この試行では「1の目が出る」か「1以外の目が出るか」のいずれかとなるので、2項分布に従います。また、9回目までに1の目が何回出たか(あるいは出なかったか)にかかわらず、10回目に1の目が出る確率は1/6です。すなわち、サイコロを振る例は、上記の①、②の条件を満たす試行と言えます。

一般に、ある事象が起きる確率をPBとした場合、試行をn回行って、ある事象がx回起きる確率をPB(x)とすると、確率PB(x)は以下のように表すことができます(Cは組み合わせを示す記号です。)



B(x)=nxx(1-p)n-x

10回サイコロを振って、1回も1の目が出ない確率をPB(0)とすると、PB(0)は以下のように計算できます。Cは組み合わせを示す記号ですが、1回も1の目が出ない組み合わせというのは、1通りしかありませんので、100=1です。
 
   PB(0)=100 ×(1/6)0×(1-1/6)10-0 =1×(1/6)0×(5/6)10≒16.15%

 
これでようやく準備が整いましたので、本題の解釈に入ります。



■ 母集団の逸脱率 ≠ サンプルの逸脱率


日常反復継続する取引について、統計上の二項分布を前提とすると、90%の信頼度を得るには、評価対象となる統制上の要点ごとに少なくとも25 件のサンプルが必要になる。

この文章は、「サンプルが25件必要」ということを意味していますが、逆に「25件のサンプルを選んだら何が言えるのか?」ということを考えた方が分かりやすいので、サンプル数の方を基準に考えます。ここで、先程のサイコロを振る例を「統制」の話に置き換えます。サイコロの確率は以下の計算式で計算できました。


B(x)=nxx(1-p)n-x

今回の統制のケース(25件のサンプル)では、上記の式でn=25, x=0と置き換えれば良いのです。しかしサイコロの目と違って、「取引全体の中で部長承認のない本当の確率」(=p)は分かりません。そこで、監査にあたっては、逸脱率(=p)に関する仮説を立てる(=ハードルを設定する)ことになります。

ここでは、「部長承認のない取引が取引全体の9%であれば、(監査上)許容できる」と考えたとします。言い換えると、「全体の9%程度について部長承認がなくても、この統制は一応有効である」と監査人(公認会計士等)が判断しているということになります。この9%を許容逸脱率(Tolerable Rate of Deviation)と言います。

この”許容逸脱率(9%)”というのは、母集団全体で許容される逸脱率の想定であって、サンプル(25件)の逸脱率とは無関係です。この時点では、監査人はサンプル中には逸脱が「ない」と想定しているのです。なお、サンプルに逸脱があるケースや、監査人が逸脱を想定しているケースは別途扱います。また、許容逸脱率は、母集団の逸脱率(予想)とも無関係であり、監査人が自ら設定する基準です。

■ 25件のサンプルから言えること

9%の許容逸脱率という想定の下、監査人が25件のサンプルを抽出・検討した結果、25件すべてが部長承認されていたとします。この場合、25件すべてに部長承認がある確率(1件も承認漏れがない確率)は以下のように計算できます(1件も承認漏れがない組合わせというのは、1通りしかありません。すなわち、250 =1です。)

  PB(0)=250 ×(0.09)0×(1-0.09)25-0 =250 ×(0.09)0×(0.91)25=1×(0.91)25≒9.46%

ちなみに、上記の計算をExcelの二項分布の関数を使って計算すると、計算式は以下のようになります。



=BINOM.DIST(0, 25, 0.09, TRUE) 

9%を許容できる逸脱率(承認漏れ率)と想定すると、逸脱(承認漏れ)が25件中1件もない確率は9.46%と計算されます。逆に、25件中1件以上逸脱がある確率は、90.54%(100%-9.46%)ということになります。

上で述べた結果はどのように解釈できるでしょうか。(許容)逸脱率を9%とすると、25件中1件も逸脱がない可能性は、かなり低い確率(約9.5%)と言えます。ということは、実際の逸脱率はもっと低いのではないか(=当初設定した9%という逸脱率が高すぎたのではないか)という解釈になります。

一方、(25件より少ない)20件のサンプルを選んだ場合、1件も逸脱がない確率は約15.2%と計算されます。こちらはさほど珍しい確率とは言えませんので、「当初設定した9%という逸脱率」を否定することはできません。なお、サンプル数が30件の場合に1件も逸脱がない確率は約5.9%、サンプル数が24件の場合には約10.4%と計算されます。


サンプル数 
逸脱件数 
確率 
信頼度90%の基準 
20件
 0件
15.2% 
NG
 24件
 0件
10.4% 
NG 
 25件
 0件
 9.5%
 OK
 30件
 0件
 5.9%
 OK

ここで、「1件も逸脱が起こらない確率」がピッタリ10%となるようなサンプル数(n)を考えます。これが、信頼度90%を満たすサンプル数となります。上記の表で見ると、25件の場合は90.5%(100%-9.5%)ですが、24件の場合は89.6%(100%-10.4%)なので、"24件<n<25件"となります。サンプル数は自然数なので、90%の信頼度を満たすサンプル数は25件となります。すなわち、90%の信頼度に照らすと、サンプル数が25件以上あればOK、24件以下ではNGとなります。

もちろん、サンプル数を30件選んで1件も逸脱(承認漏れ)がなければ、信頼度が94.1%(100%-5.9%)となりますので、監査上はより望ましいと言えます。しかし、最低25件のサンプル数があれば(そしてサンプル中に逸脱が1件もなければ)、90%の信頼度で(部長の承認という)統制の有効性が判断できることになります。

これが、25件のサンプルの意味です。 少し長くなりましたので(途中ですが)、今回はここまでとします。

次回は25件のサンプルについて、もう少し話を進めたいと思います。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office