2013年2月24日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(4)

今回は前回までの話を前提に、2項分布(Binomial Distribution )を取り上げます。

■ 2項分布の基礎

2項分布(Binomial Distribution)とは、例えば「コインを5回投げて表が2回以上出る確率」とか、「サイコロを10回投げて1回も1の目が出ない確率」のように、結果が2通り(成功 or 失敗)しかないような確率分布です。コインであれば"表"or"裏"、サイコロであれば"1の目が出る"or"1の目が出ない"の2通りの結果しかありませんので、2項分布となります。

ここで少し前提知識をお話します。コインやサイコロを投げることを「試行」といいます。このとき、


① 試行の結果は、ある事象が起こるか起こらないかの2通りである。
② 個々の試行の結果は、独立(お互いに影響を受けない)である。 

という条件を満たす試行のことベルヌーイ試行といい、2項分布はこのベルヌーイ試行の確率分布となります。

ここで、ベルヌーイ試行の例として、サイコロを10回振る例を考えます。サイコロを振って1の目が出る確率は1/6,1の目が出ない確率(1以外の目が出る確率)は5/6です。前述のとおり、この試行では「1の目が出る」か「1以外の目が出るか」のいずれかとなるので、2項分布に従います。また、9回目までに1の目が何回出たか(あるいは出なかったか)にかかわらず、10回目に1の目が出る確率は1/6です。すなわち、サイコロを振る例は、上記の①、②の条件を満たす試行と言えます。

一般に、ある事象が起きる確率をPBとした場合、試行をn回行って、ある事象がx回起きる確率をPB(x)とすると、確率PB(x)は以下のように表すことができます(Cは組み合わせを示す記号です。)



B(x)=nxx(1-p)n-x

10回サイコロを振って、1回も1の目が出ない確率をPB(0)とすると、PB(0)は以下のように計算できます。Cは組み合わせを示す記号ですが、1回も1の目が出ない組み合わせというのは、1通りしかありませんので、100=1です。
 
   PB(0)=100 ×(1/6)0×(1-1/6)10-0 =1×(1/6)0×(5/6)10≒16.15%

 
これでようやく準備が整いましたので、本題の解釈に入ります。



■ 母集団の逸脱率 ≠ サンプルの逸脱率


日常反復継続する取引について、統計上の二項分布を前提とすると、90%の信頼度を得るには、評価対象となる統制上の要点ごとに少なくとも25 件のサンプルが必要になる。

この文章は、「サンプルが25件必要」ということを意味していますが、逆に「25件のサンプルを選んだら何が言えるのか?」ということを考えた方が分かりやすいので、サンプル数の方を基準に考えます。ここで、先程のサイコロを振る例を「統制」の話に置き換えます。サイコロの確率は以下の計算式で計算できました。


B(x)=nxx(1-p)n-x

今回の統制のケース(25件のサンプル)では、上記の式でn=25, x=0と置き換えれば良いのです。しかしサイコロの目と違って、「取引全体の中で部長承認のない本当の確率」(=p)は分かりません。そこで、監査にあたっては、逸脱率(=p)に関する仮説を立てる(=ハードルを設定する)ことになります。

ここでは、「部長承認のない取引が取引全体の9%であれば、(監査上)許容できる」と考えたとします。言い換えると、「全体の9%程度について部長承認がなくても、この統制は一応有効である」と監査人(公認会計士等)が判断しているということになります。この9%を許容逸脱率(Tolerable Rate of Deviation)と言います。

この”許容逸脱率(9%)”というのは、母集団全体で許容される逸脱率の想定であって、サンプル(25件)の逸脱率とは無関係です。この時点では、監査人はサンプル中には逸脱が「ない」と想定しているのです。なお、サンプルに逸脱があるケースや、監査人が逸脱を想定しているケースは別途扱います。また、許容逸脱率は、母集団の逸脱率(予想)とも無関係であり、監査人が自ら設定する基準です。

■ 25件のサンプルから言えること

9%の許容逸脱率という想定の下、監査人が25件のサンプルを抽出・検討した結果、25件すべてが部長承認されていたとします。この場合、25件すべてに部長承認がある確率(1件も承認漏れがない確率)は以下のように計算できます(1件も承認漏れがない組合わせというのは、1通りしかありません。すなわち、250 =1です。)

  PB(0)=250 ×(0.09)0×(1-0.09)25-0 =250 ×(0.09)0×(0.91)25=1×(0.91)25≒9.46%

ちなみに、上記の計算をExcelの二項分布の関数を使って計算すると、計算式は以下のようになります。



=BINOM.DIST(0, 25, 0.09, TRUE) 

9%を許容できる逸脱率(承認漏れ率)と想定すると、逸脱(承認漏れ)が25件中1件もない確率は9.46%と計算されます。逆に、25件中1件以上逸脱がある確率は、90.54%(100%-9.46%)ということになります。

上で述べた結果はどのように解釈できるでしょうか。(許容)逸脱率を9%とすると、25件中1件も逸脱がない可能性は、かなり低い確率(約9.5%)と言えます。ということは、実際の逸脱率はもっと低いのではないか(=当初設定した9%という逸脱率が高すぎたのではないか)という解釈になります。

一方、(25件より少ない)20件のサンプルを選んだ場合、1件も逸脱がない確率は約15.2%と計算されます。こちらはさほど珍しい確率とは言えませんので、「当初設定した9%という逸脱率」を否定することはできません。なお、サンプル数が30件の場合に1件も逸脱がない確率は約5.9%、サンプル数が24件の場合には約10.4%と計算されます。


サンプル数 
逸脱件数 
確率 
信頼度90%の基準 
20件
 0件
15.2% 
NG
 24件
 0件
10.4% 
NG 
 25件
 0件
 9.5%
 OK
 30件
 0件
 5.9%
 OK

ここで、「1件も逸脱が起こらない確率」がピッタリ10%となるようなサンプル数(n)を考えます。これが、信頼度90%を満たすサンプル数となります。上記の表で見ると、25件の場合は90.5%(100%-9.5%)ですが、24件の場合は89.6%(100%-10.4%)なので、"24件<n<25件"となります。サンプル数は自然数なので、90%の信頼度を満たすサンプル数は25件となります。すなわち、90%の信頼度に照らすと、サンプル数が25件以上あればOK、24件以下ではNGとなります。

もちろん、サンプル数を30件選んで1件も逸脱(承認漏れ)がなければ、信頼度が94.1%(100%-5.9%)となりますので、監査上はより望ましいと言えます。しかし、最低25件のサンプル数があれば(そしてサンプル中に逸脱が1件もなければ)、90%の信頼度で(部長の承認という)統制の有効性が判断できることになります。

これが、25件のサンプルの意味です。 少し長くなりましたので(途中ですが)、今回はここまでとします。

次回は25件のサンプルについて、もう少し話を進めたいと思います。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

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