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2013年4月7日日曜日

ホテリングの立地競争モデル(2)

前回、ホテリング(Harold Hotelling:1895 –1973)の立地競争モデルで、以下の2つのことを取り上げました。

① 2つの店が直線上の中間点に隣接して出店するのが均衡であること
② この均衡は安定的であること(どちらの店も、別の場所に出店したいというインセンティブを持たないこと)

今回は、このような出店(中心地に隣接出店)を消費者の観点から考えてみます。


■ 安定的な均衡(=中央立地) は 消費者にとって最も望ましい立地ではない

まず、「中心地の隣接出店」は消費者にとって望ましいものでしょうか。この点、直感的には「望ましくない」と思われるのではないでしょうか。

先の海水浴場のアイスクリーム屋の例で考えてみます。海水浴場の両端にいる人達にとって、ビーチの真ん中までわざわざアイスクリームを買いに行くのはかなり不便です。一方、中央付近にいる人達にとっては、どちらのアイスクリーム屋に行っても同じです。商品や価格は全く同じなので、2つの店が隣接している必要はないわけです。

したがって、消費者全体で見ると、2つのアイスクリーム屋が離れて立地している方が便利ということになります。


■ 消費者にとって望ましい立地

ここで、先の「直感」をもう少し厳密に検討してみます。A-Bの距離を1、消費者の移動コスト(足代)をtで表します。売っている品物と値段を同一とすると、違うのは消費者の移動コスト(足代)だけですから、この移動コストに絞って考えます。

赤の三角形の面積はX社へ、青の三角形はY社へ買いに行くコスト(足代)の合計となります。この例では2つの店が中央に位置しているので、色の違いはあまり関係ありません。消費者の限界移動コストをt、線分A-Bの長さを1とすると、消費者の移動コストの合計は、下の赤の三角形と青の三角形の面積合計となり、その面積はt/4と計算されます。


ところが、XYが少しでも離れると、三角形の面積合計は小さくなります。赤がXに行くためのコスト、青がYに行くためのコストの合計ですが、上の図の三角形の面積(=t/4)と比べて三角形の面積合計が減少しているのが分かります。


結局、赤と青の三角形の面積合計が最も小さくなるような立地が、消費者にとっては最も望ましい立地となります。消費者にとって最適な立地は、左から1/4、右から1/4の位置に2店が出店するケースです。この結果、X社、Y社が中央に出店するケース(=t/4)に比べると、消費者の移動コストは半分(=t/8)になります。


なお、消費者によって最適な立地に関する詳しい計算プロセスに興味のある方は、末尾の「数学的補足」を見ていただければと存じます。もっとも、わざわざ計算するまでもなく、最小コストが実現できる(三角形の面積合計が最も小さくなる)2店舗の立地場所は、上記のような位置になることが、直感的にも分かるかと思います。


■ 均衡点が安定的な均衡とは限らない

ところで、前回説明したとおり、上記のような消費者にとって望ましい均衡点は、安定的な均衡ではありません。X社,Y社のいずれか一方が他方に近づくことで、(近づいた方が)より多くの消費者を獲得できるからです。結局、安定的な均衡は、(X社、Y社ともに)中心点での隣接立地となります。

また、(X社とY社が同じだけの消費者を獲得する)均衡点はA-B上に無数に存在します。xy=1(0<xy<1)を満たすxyの組み合わせは無数にあるからです。しかし、これらの均衡点も、x=y=1/2でない限り不安定な均衡点です。

結局、(X社,Y社という)当事者に任せている限り、消費者にとって望ましい立地が実現できないことになります。そこで、「消費者にとって望ましい立地を実現する政策が必要になる」という考えが生まれます。

このホテリングの議論の延長線上に、昨今注目を浴びている「空間経済学」の考え方があるような気もします。


■ 出店数が3つ以上の場合

上記は、出店数が2つの場合の均衡点でした。出店数が3つ以上の均衡点はどうなるでしょうか。実は、3店舗以上の場合、常に安定的な均衡が存在するとは限りません。ちなみに3つの場合、安定的な均衡点はありません。4つの場合は、("0-1"の線分上において)1/4と3/4の点に2つずつ立地するのが安定的な均衡となります。6店舗の場合、1/6,3/6(=1/2),5/6の3箇所に各2つずつ出店するのが安定的均衡となります。 すなわち、3つ以上の奇数店舗のケースについては、安定的な均衡は存在しないことになります(ご興味があれば、図を描いて試してみてください。)

今回は、ちょっとした頭の体操のような話題でした。



【数学的補足】

XとYがどのような位置に立地すると、三角形の面積が最小になるでしょうか。数学的にこれを知るためには、①から④の部分に分解して考えます。Xの位置をx、Yの位置をyと置き、0<xy<1(xyの左側に位置すると考える) とすると、①~④は、t,x,yを用いて上記のように表すことができます。tは消費者の(限界)移動コストです。



①~④の合計が消費者にとっての(社会的)コスト(SC:Social Cost)と考えると、SCは(上記の式を整理して)以下のように表すことができます。

SC=g(x,y)とすると、x,yの2階偏微分はそれぞれプラスとなりますので、SCの最小値は、δg/δx=0, δg/δy=0を解くことで求まります。


δg/δx=0, δg/δy=0を解くと、x=1/4, y=3/4となり、SC=t/8と計算されます。すなわち、X社、Y社が中央に出店するケース(=t/4)の半分のコストになります。したがって、以下のようにXとYが立地することが、消費者にとっては最も望ましいことになります。



清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月31日日曜日

ホテリングの立地競争モデル(1)

今回は、以前の記事で登場した統計学、数理経済学の大家であるホテリング(Harold Hotelling:1895 –1973)についてとりあげます。今回取り上げるのは、ホテリングの立地競争モデルと呼ばれるものです。

■ 設例

下記の図のようなA点とB点を端点とする一直線の道(又は隣接する鉄道の駅)を考えます。この道(線路)沿いに、X社とY社がそれぞれ出店を計画しているとします。X社とY社はA-B間のどこに店を出店することになるでしょうか。但し、以下のような条件が付されているとします。


① 道(線路)沿いには同じ人口密度で住民が住んでいる。
② X社とY社以外に出店する可能性はない。
③ X社,Y社の商品は汎用品(あるいはまったく同一の商品)で、差別化されていない。
④ 住民は自宅から近い方の店に行く。
⑤ 店が自宅から等距離の場合、無作為に(確率50%で)どちらに行くかを決める。
⑥ X社とY社はお客をなるべく多く集めたい(利益の最大化をしたい)と考えている。
⑦ X社とY社はお互いの店の存在や目的(利益最大化目的)を知っている。


■ 海水浴場のアイスクリーム店

上記のように①~⑦まで色々な条件を付けたので少し混乱するかもしれませんが、例えば、A点,B点を両端とした海水浴場に店を出そうとしている2つのアイスクリーム屋を考えれば良いと思います。売っている品物も値段も同じ(条件③)とすると、お客さんはどちらか近い方の店に行き(条件④)、仮に等距離の場合にはランダムに(50%の確率で)どちらに行くか決めるでしょう(条件⑤。)また、2つのアイスクリーム店は、それぞれ同じ目的(=利益最大化)を目指して行動し(条件⑥)、お互いに相手の目的や立地場所を知っている(条件⑦)と考えられます。
  ①、②の条件はやや非現実的ですが、それ以外の条件(③~⑦)については、必ずしも非現実的とまでは言えないと考えられます。



■ 最適な出店場所

さて、X社とY社の例に戻ります。それぞれの最適な出店場所を考えるにあたって、まず、X社が先に出店するケースを考えます。下の図のようにX社がややA地点寄り(中心から左寄り)に出店した場合、Y社はどこに出店すればよいでしょうか。


 ここで、話を整理して考えるために、Y社はX社よりも常に右側(B地点側)に出店するとします。そうすると、X社の左側からA地点まで(←の矢印)については、X社がシェアをとります。一方、Y社の右側からB地点まで(→の矢印)については、Y社がシェアをとります。X社とY社の間は、ちょうど中間点を境に、X社とY社がシェアを分け合います。したがって、Y社はX社のすぐ右隣に出店するのが最適な戦略となります。



■ X社とY社の最適な立地場所

先にY社が出店した場合も同様です。結局、X社、Y社は隣接して出店することになります。また、X社、Y社は利益を最大化(シェア最大化)をしたいと考えていますから、それぞれA地点とB地点のちょうど中間地点に出店することになります。仮に、上の例のようにX社がA地点寄りに出店すれば、Y社がX社のすぐ右隣に出店することで、Y社の方より大きなシェアを獲得できるからです。結局、X社とY社は(A地点とB地点の)中間地点に隣接して出店することになるわけです。



そして、いったんこの均衡状態に達すると、X社,Y社ともに、これ以上出店場所を変更しようという動機が起こりません。なぜなら、仮にY社がA地点とB地点の中間に立地するX社から離れて出店しようすると、Y社のシェア(売上)はX社よりも少なくなってしまうからです。

上記の均衡は安定的であり、ゲーム理論でいうところの「ナッシュ均衡」に該当します。


■ 立地競争モデルの理論で説明できる事例

ホテリングのモデルで説明できるのは立地状況だけでなく、以下のような事例が考えられます。

① 2大政党のマニフェストが似通ってくること。(中道的な政党がより多くの支持を得ること。)
② 製品の性能や価格が似かよったものになっていくこと。

今回は以上です。次回も引き続き、立地競争モデル扱います。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月24日日曜日

 「ステューデント」のt検定(閑話休題)

統計学の理論的な(堅苦しい)話が続いているので、今回は少し柔らかい話をしたいと思います。統計学を勉強した人なら誰もが知っていると思われるステューデントのt検定に関連する話題です。話は約100年前に遡ります。

■ ゴセットとギネスビール

オックスフォード大学で数学と化学の学位を得たウィリアム・シーリー・ゴセット(William Sealy Gosset:1876~1937)は、アイルランドの老舗ビール会社であるギネスビール醸造所へ入社しました。ちなみに、ギネス社は「ギネスビール」の他、ギネスブックの出版元としても有名です。

ビール会社と統計学に何の関係があるのでしょうか?

実は、ビールの製造過程では麦芽汁を発酵させる必要があり、発酵に必要な酵母の数を出来るだけ精緻に計算する必要があるのです。酵母が少なければ充分に発酵しませんし、多すぎると逆に苦くなってしまうのです。

酵母は生き物なので(酵母)細胞は絶えず増殖・分裂します。また、発酵に使う酵母細胞のすべてを検査するわけにもいきませんから、一部分をサンプル(標本)として抜き取って数えることになります。この少数のサンプルから全体を推定することがゴセットの課題でした。 


■ その名は「ステューデント」

ゴセットは自宅で小さなサンプルを繰り返し抽出し、何度も数値計算を行い、その結果を記録していきました。コンピュータなどない時代ですからすべて手計算です。このような作業には、相当の忍耐力が必要だったことは想像に難くありません。ゴセットの研究は当時バイオメトリカ誌の編集者であったカール・ピアソン(K. Pearson)の目に留まり、1年間の研究休暇をとってピアソンの下で研究を行いました。ゴセットが酵母に関する研究成果をまとめたとき、ピアソンは自分が編集しているバイオメトリカ誌に論文として公表したいと考えました。
ところが、ゴセットは会社に内緒で研究していました。また、研究発表の内容は(ゴセットの貢献が大きいとはいえ)ギネス社の企業秘密に関するものです。そこで、論文発表の際には「ステューデント」というペンネームを使って発表することにしたのです。これが「ステューデント」の由来です。その後約30年間にわたって、「ステューデント」は、数々の重要な論文を書き、その大半がバイオメトリカ誌に掲載されたそうです。中でも特に重要な研究成果の一つが、ステューデントのt検定と呼ばれるものです。この考え方は、The Probable Error of a Mean(1908)という論文で初めて公表され、以後、統計学の発展において極めて重要な役割を果たしました。


■ すべては秘密裏に


生前、ゴセットの研究活動は(少なくともギネス社のオーナーである)ギネス家には気づかれなかったようです。これを裏付けるかのように、アメリカ人の統計学者であるハロルド・ホテリング(H. Hotelling)が、当時「ステューデント」ことゴセットに会おうとした時、『すべて秘密裏に準備が整えられ、さながらスパイ・ミステリーのようだった』と述懐しています(ホテリングについては、後日とりあげる予定です。)

ゴセットはギネス社にとって重要な人材だったようで、ロンドン醸造所所長というポストを得ています。ゴセットが61歳で亡くなった後、彼の友人がゴセットの論文集を一冊の本にまとめるため、ギネス家に印刷費の援助を求めました。その時なって初めて、ギネス家はゴセットの活動を知ったということです。


参考文献:『統計学を拓いた異才たち』 David S. Salsburg (原著) 日本経済新聞社 2006年


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月17日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(7)

■ 離散型確率分布と連続型確率分布

前回までの説明に用いた2項分布(Binomial Distribution)は、「離散型確率分布(Discrete Probability Distribution)」と呼ばれる確率分布です。「離散型」とは文字通り、「離れ離れ点在する」という意味です。先の部長承認の統制では、逸脱(承認漏れ)件数は、0,1,2,3,4,5,6・・・となり、こうした点在する値に対応して確率が計算されることになります。

下のグラフは、サンプル数25件、逸脱率9%の二項分布のグラフです。表示上は滑らかな曲線に見えますが、実際は、逸脱件数(自然数)に対応した確率が点在するグラフです。逸脱件数が2件(≒25件×9%)の時の確率が最大で、逸脱が0件の時の確率が10%を少し下回っているのが分かります(危険率が10%未満ということなので、信頼度90%以上を意味します)。




一方、例えば、日本人男性全員の身長を集めたデータは、下記の図のようなツリガネ型の正規分布(Normal Distribution)に従っていると考えられます。正規分布は連続型確率分布(Continuous Probability Distribution )となります。連続型分布の場合、(データが切れ目無く存在しますので)滑らかな曲線となります。



■ 二項分布から正規分布へ

上記の2つのグラフを比べると、グラフの形がかなり違います。しかし、二項分布でサンプル数を50件、100件、200件と増やしていくと、正規分布に徐々に近づいていくことが分かります。






なお、2項分布について、サンプル数:n→∞とすることで、正規分布になることは、数学的にも証明できます。

■ 許容逸脱率、信頼度、サンプル件数の関係

ここまでの議論で、以下の2つのことが言えることがお分かりかと思います。

① 許容逸脱率が低くなると、サンプル件数は増加する。
② 信頼度が高くなるほど、サンプル件数は増加する。


許容逸脱率は監査人が設定するハードルであり、このハードルを高めれば(許容逸脱率を低くすれば)、サンプル数は増加します。

一方、信頼度を高めることは、危険率(100%-信頼度)を低くすることになりますので、サンプル件数は増加します。

信頼度、許容逸脱率、(必要)サンプル件数の関係を示すと以下のようになります。   

信頼度:90%信頼度:95%
許容逸脱率:9%
25
32
許容逸脱率:6%
38
49
許容逸脱率:3%
76
99


■ 予想逸脱率、許容逸脱率、サンプル件数の関係

25件のサンプルの例や上記の①、②の説明においては、監査人の(母集団に対する事前)予想は考慮していませんでした。すなわち、監査人が事前に設定するのは「許容逸脱率」だけであり、(サンプル件数の決定時には)サンプル中には逸脱がないという暗黙の想定をしています。

ところが、過去の監査の実績等により、監査人が会社の統制の逸脱率を知っている場合があります。この逸脱率を予想逸脱率(Expected Population Deviation Rate)などといいます。

この点、先の部長決裁の統制について、(過去に何度か行った監査の実績で)「サンプル25件中に1件も逸脱がなかった」いう程度の情報では、「母集団の逸脱率は判明していない」ということを申し添えます。言い換えると、この場合は、「逸脱率は恐らく9%未満だろう」ということ位しか分かっていないのです。「逸脱率を知っている」という意味は、(部長決裁の統制の例で考えると)過去の監査の結果から、予想逸脱率(期待値 又は 平均値)が6%であることが分かっているような場合を意味します。

このように、母集団の予想逸脱率が分かっているケースでは、監査人が予想逸脱率を考慮して(サンプル中に一定割合の逸脱が存在することを見越して)、サンプル件数を決めることになります。

予想逸脱率が6%と分かっている場合、25件のサンプルには平均1.5件(25件×6%)の逸脱が含まれていると予想されますので、(許容逸脱率を9%とすると)25件のサンプルでは不足します。また、42件のサンプル(1件だけの逸脱ならOK)を選んでも、平均2.5件の逸脱(42件×6%)が含まれていることが予想されますから、42件ではサンプル数不足です。

このように、サンプル数を増やすと(予想逸脱率に)比例して予想逸脱件数も増えていくので、(必要)サンプル数はどんどん増加していきます。結局この場合は、182件のサンプル(予想逸脱件数は11件)が必要となります。予想逸脱件数の11件は、「182件(サンプル数)×6%≒11件」に対応しています。

許容逸脱率:9%、信頼度:90%の前提で、予想逸脱率と必要サンプル件数の関係を示すと以下のようになります。なお、( )内は逸脱数です。

予想逸脱率:0%予想逸脱率:4%予想逸脱率:6%予想逸脱率:8%
25(0)
73(3)
182(11)
1,437(115)


【Excel関数による計算】


● 予想逸脱率が6%(逸脱件数:11件)のケース
 =BINOM.DIST(逸脱件数(=11), サンプル数(=182), 逸脱率(=0.09), TRUE)=0.09836

● 予想逸脱率が8%(逸脱件数:115件)のケース
 =BINOM.DIST(逸脱件数(=115), サンプル数(=1,437), 逸脱率(=0.09), TRUE)=0.099675


 したがって、予想逸脱率に関して以下のことが言えます。


③ 予想逸脱率が高いほど、サンプル件数は増加する。
④ 予想逸脱率が許容逸脱率に近づくほど、サンプル件数は増加する


25件のサンプルの話題を題材に、7回にわたり統計的サンプリングをとりあげましたが、今回で終了です。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月10日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(6)

前回までは、25件のサンプルで1件も逸脱(承認漏れ)がなかったケースを取り扱いました。今回は承認漏れが見つかったケースについて考えたいと思います。


■ 25件中、1件逸脱(承認漏れ)があった場合

前回説明したように、ある事象が起きる確率をPBとした場合、試行を回行って、ある事象がx回起こる確率をPB(x)とすると、確率PB(x)は以下のように表すことができました。

  
 PB(x)=nxx(1-p)n-x  

2項分布の確率計算で、1件の逸脱(承認漏れ)が出る確率PB(1)は、以下のように計算されます。
 PB(1)=251 ×(0.09)1×(1-0.09)25-1 =251 ×(0.09)1×(0.91)24≒23.40%

(許容)逸脱率9%の場合、25件中1件の逸脱(承認漏れ)が生じる可能性は約23%となるので、1件でも承認漏れがあったら、「90%以上の信頼度で逸脱率が9%以下である。」とは、残念ながら言えないことになります

この場合、2つの対応が考えられます。1つは、サンプル数を増やしてもう1回検討する方法、もう1つは、逸脱率が9%を超える統制(=弱い統制)という前提で監査を進める方法です。後者は簡単にいえば、内部統制にあまり頼らずに、(試査範囲を広げて)監査を行うということです。後者は監査実務固有の話になるので、今回は前者の(サンプル数を増やす方法)を取り上げます。


■ 1件承認漏れがある場合の必要サンプル数

1件承認漏れがある場合、以下のようなサンプル数(n)を求めればよいことになります。

二項分布を前提として承認漏れが1件見つかった場合、90%の信頼度を得るには、少なくとも 件のサンプルが必要になる。


ここでは仮にサンプル数を40件とします。すると、1件の承認漏れがある確率は、n=40として上の式を使って計算すると、約9.10%となります。そうすると、あと、15件(40件-25件)追加サンプルを選んで、15件中1件も逸脱がなければ、一見良さそうな気がします。しかしこれは間違いです。

というのも、この9.10%というのは、「40件中ちょうど1件の逸脱が発生する確率」であって、「40件中1件以下の逸脱が発生する確率」ではないからです。すなわち、計算においては40件中1件も逸脱が発生しない確率も考慮しなければならないのです。

ここで、n件中1件も逸脱が生じない確率をPB(0),1件逸脱が発生する確率をPB(1)とすると
PB(0)+PB(1)<10% となるように、サンプル数を決定する必要があるのです(ちなみに符号は、≦,<のどちらでも構いません。)

この場合の最小サンプル数を計算すると42件となります。したがって、追加で17件(42件-25件)サンプルを選び、追加サンプルに1件も逸脱(承認漏れ)がなければ、90%以上の確率で(母集団の)逸脱率は9%以下であると判断できることになります。

■ 逸脱(承認漏れ)が2件以上の場合 ☛ 計算は複雑化

逸脱が1件程度なら何とかなりますが、2件、3件と増えて行った場合(監査上どう取り扱うかは別にして)、その分沢山のサンプルが必要となります。仮に、逸脱が3件まで許容できるとした場合、PB(0)+PB(1)+PB(2)+PB(3)<10%となるように、サンプル数を決定しなければなりませんから、手計算では煩雑になります。

上記の(累積)確率をExcel関数を使って計算する場合、計算式は以下のようになります。

=BINOM.DIST(逸脱件数, サンプル数, 逸脱率(0.09), TRUE)

ただ、上記のExcel関数を使ったとしても、試行錯誤を行って10%の危険率(90%の信頼度)を満たすようなサンプル数を見つける必要がありますので、計算はやや煩雑となります。

今回はここまでとします。

次回は、「二項分布」と「正規分布」との関係の説明と今まで(1回〜6回)のまとめをしたいと思います。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office


2013年3月3日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(5)

前回の続きです。

■ (再び)許容逸脱率は監査人の判断

母集団全体の本当の逸脱率(部長決裁が必要な全取引のうち、部長決裁を受けていない割合)は誰にも分かりませんもちろん、理屈上は誰かが取引全部を調べれば、本当の逸脱率は判明するのですが・・・。

極端にいえば、監査人は母集団の真の逸脱率自体を知りたいわけではありません。監査人が本当に知りたいのは、母集団の逸脱率が、(監査上許容できると考えている)一定の逸脱率より高いか低いかというこです。すなわち、(許容)逸脱率は、(事実としての逸脱率ではなく)監査人の価値判断によって決まってくる数値ということになります。逆にいえば、(監査人の判断である)許容逸脱率を決めないと、サンプル数も決まらないことになります。

なお、(実施基準の)25件のサンプルの例では許容逸脱率を9%と設定していますが、「何故9%なのか」については、私自身もよく分かりません。しかし一般的には重要な統制ほど許容逸脱率は低く設定され、サンプル数は多くなります。


■ もう少し理解を深めるために

ここで、もう少し理解を深めるために別の視点で考えてみます。「信頼度を90%とした場合、母集団全体の逸脱率は何%になるか?」ということを考えます。ここからの話は、監査人の判断(許容逸脱率)と母集団の推定逸脱率(上限逸脱率)との比較となります。

言い換えると、

許容逸脱率を9%として、25件のサンプル中1件も逸脱がない確率は9.46%(信頼度が90.54%)
                       ↓↓↓
信頼度がちょうど90%になるような、母集団の上限逸脱率(q)は何%か?


ということです。前回も少し説明したとおり、直感的に、「母集団全体の上限逸脱率は、9%より低いのではないか」と思われるでしょう。その直感が正しいことは、計算によって確かめられます。正確には、母集団の上限逸脱率は約8.8%になります(この計算の詳細は、末尾の数学的補足の(2)を参照ください。)

すなわち、上限逸脱率(8.8%)<許容逸脱率(9%)ですから、(90%の信頼度で)統制は有効であると判断できるわけです。

結局、25件のサンプルと逸脱ゼロは、以下のように解釈できます。

① 2項分布を前提に
② 許容逸脱率を9%と設定し
③ 25件のサンプルを選び
④ (サンプル中に)1件も逸脱(承認漏れ)がなければ
⑤ 90%以上の確率で
⑥ 母集団の上限逸脱率は8.8%となり、許容逸脱率(9%)を下回るから
⑦ 統制は有効であると判断できる。


蛇足ながら、許容逸脱率(9%)と信頼度(90)%は全く関係ありません。例えば、信頼度が90%の場合の危険率は10%(100%-90%)となりますが、ここで、許容逸脱率を仮に10%とすると、危険率も許容逸脱率も同じ10%になるので、混乱が生じるようです。許容逸脱率というのは(統制を評価する)監査人が設定する数値であり、信頼度や危険率とは無関係です。

2013年2月24日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(4)

今回は前回までの話を前提に、2項分布(Binomial Distribution )を取り上げます。

■ 2項分布の基礎

2項分布(Binomial Distribution)とは、例えば「コインを5回投げて表が2回以上出る確率」とか、「サイコロを10回投げて1回も1の目が出ない確率」のように、結果が2通り(成功 or 失敗)しかないような確率分布です。コインであれば"表"or"裏"、サイコロであれば"1の目が出る"or"1の目が出ない"の2通りの結果しかありませんので、2項分布となります。

ここで少し前提知識をお話します。コインやサイコロを投げることを「試行」といいます。このとき、


① 試行の結果は、ある事象が起こるか起こらないかの2通りである。
② 個々の試行の結果は、独立(お互いに影響を受けない)である。 

という条件を満たす試行のことベルヌーイ試行といい、2項分布はこのベルヌーイ試行の確率分布となります。

ここで、ベルヌーイ試行の例として、サイコロを10回振る例を考えます。サイコロを振って1の目が出る確率は1/6,1の目が出ない確率(1以外の目が出る確率)は5/6です。前述のとおり、この試行では「1の目が出る」か「1以外の目が出るか」のいずれかとなるので、2項分布に従います。また、9回目までに1の目が何回出たか(あるいは出なかったか)にかかわらず、10回目に1の目が出る確率は1/6です。すなわち、サイコロを振る例は、上記の①、②の条件を満たす試行と言えます。

一般に、ある事象が起きる確率をPBとした場合、試行をn回行って、ある事象がx回起きる確率をPB(x)とすると、確率PB(x)は以下のように表すことができます(Cは組み合わせを示す記号です。)



B(x)=nxx(1-p)n-x

10回サイコロを振って、1回も1の目が出ない確率をPB(0)とすると、PB(0)は以下のように計算できます。Cは組み合わせを示す記号ですが、1回も1の目が出ない組み合わせというのは、1通りしかありませんので、100=1です。
 
   PB(0)=100 ×(1/6)0×(1-1/6)10-0 =1×(1/6)0×(5/6)10≒16.15%

 
これでようやく準備が整いましたので、本題の解釈に入ります。



■ 母集団の逸脱率 ≠ サンプルの逸脱率


日常反復継続する取引について、統計上の二項分布を前提とすると、90%の信頼度を得るには、評価対象となる統制上の要点ごとに少なくとも25 件のサンプルが必要になる。

この文章は、「サンプルが25件必要」ということを意味していますが、逆に「25件のサンプルを選んだら何が言えるのか?」ということを考えた方が分かりやすいので、サンプル数の方を基準に考えます。ここで、先程のサイコロを振る例を「統制」の話に置き換えます。サイコロの確率は以下の計算式で計算できました。


B(x)=nxx(1-p)n-x

今回の統制のケース(25件のサンプル)では、上記の式でn=25, x=0と置き換えれば良いのです。しかしサイコロの目と違って、「取引全体の中で部長承認のない本当の確率」(=p)は分かりません。そこで、監査にあたっては、逸脱率(=p)に関する仮説を立てる(=ハードルを設定する)ことになります。

ここでは、「部長承認のない取引が取引全体の9%であれば、(監査上)許容できる」と考えたとします。言い換えると、「全体の9%程度について部長承認がなくても、この統制は一応有効である」と監査人(公認会計士等)が判断しているということになります。この9%を許容逸脱率(Tolerable Rate of Deviation)と言います。

この”許容逸脱率(9%)”というのは、母集団全体で許容される逸脱率の想定であって、サンプル(25件)の逸脱率とは無関係です。この時点では、監査人はサンプル中には逸脱が「ない」と想定しているのです。なお、サンプルに逸脱があるケースや、監査人が逸脱を想定しているケースは別途扱います。また、許容逸脱率は、母集団の逸脱率(予想)とも無関係であり、監査人が自ら設定する基準です。

■ 25件のサンプルから言えること

9%の許容逸脱率という想定の下、監査人が25件のサンプルを抽出・検討した結果、25件すべてが部長承認されていたとします。この場合、25件すべてに部長承認がある確率(1件も承認漏れがない確率)は以下のように計算できます(1件も承認漏れがない組合わせというのは、1通りしかありません。すなわち、250 =1です。)

  PB(0)=250 ×(0.09)0×(1-0.09)25-0 =250 ×(0.09)0×(0.91)25=1×(0.91)25≒9.46%

ちなみに、上記の計算をExcelの二項分布の関数を使って計算すると、計算式は以下のようになります。



=BINOM.DIST(0, 25, 0.09, TRUE) 

9%を許容できる逸脱率(承認漏れ率)と想定すると、逸脱(承認漏れ)が25件中1件もない確率は9.46%と計算されます。逆に、25件中1件以上逸脱がある確率は、90.54%(100%-9.46%)ということになります。

上で述べた結果はどのように解釈できるでしょうか。(許容)逸脱率を9%とすると、25件中1件も逸脱がない可能性は、かなり低い確率(約9.5%)と言えます。ということは、実際の逸脱率はもっと低いのではないか(=当初設定した9%という逸脱率が高すぎたのではないか)という解釈になります。

一方、(25件より少ない)20件のサンプルを選んだ場合、1件も逸脱がない確率は約15.2%と計算されます。こちらはさほど珍しい確率とは言えませんので、「当初設定した9%という逸脱率」を否定することはできません。なお、サンプル数が30件の場合に1件も逸脱がない確率は約5.9%、サンプル数が24件の場合には約10.4%と計算されます。


サンプル数 
逸脱件数 
確率 
信頼度90%の基準 
20件
 0件
15.2% 
NG
 24件
 0件
10.4% 
NG 
 25件
 0件
 9.5%
 OK
 30件
 0件
 5.9%
 OK

ここで、「1件も逸脱が起こらない確率」がピッタリ10%となるようなサンプル数(n)を考えます。これが、信頼度90%を満たすサンプル数となります。上記の表で見ると、25件の場合は90.5%(100%-9.5%)ですが、24件の場合は89.6%(100%-10.4%)なので、"24件<n<25件"となります。サンプル数は自然数なので、90%の信頼度を満たすサンプル数は25件となります。すなわち、90%の信頼度に照らすと、サンプル数が25件以上あればOK、24件以下ではNGとなります。

もちろん、サンプル数を30件選んで1件も逸脱(承認漏れ)がなければ、信頼度が94.1%(100%-5.9%)となりますので、監査上はより望ましいと言えます。しかし、最低25件のサンプル数があれば(そしてサンプル中に逸脱が1件もなければ)、90%の信頼度で(部長の承認という)統制の有効性が判断できることになります。

これが、25件のサンプルの意味です。 少し長くなりましたので(途中ですが)、今回はここまでとします。

次回は25件のサンプルについて、もう少し話を進めたいと思います。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年2月13日水曜日

サンプルは母集団の代表か?(閑話休題)

しばらく、統計学のやや込み入った話が続いていますので、今回は「25件のサンプルの話」から少し離れた話題を取り上げます。

第1回目で、サンプルが母集団(Population)の代表とならない(偏ったサンプルの)例として、毎朝校門の前で行う大学生の出身地のアンケート調査を取り上げました。今回は、偏ったサンプルとして有名な、米国の大統領選挙の例をご紹介します。


■ 1936年 大統領選の予想

1936年の米国大統領選挙は、フランクリン・ルーズベルト(民主党)  とアルフレッド・ランドン(共和党)の一騎打ちとなりました。当時、大手雑誌であった「リテラリー・ダイジェスト」は、230万人の世論調査を行い、ランドンの当選(ルーズベルトの落選)を予想しました。

しかし、予想に反してルーズベルトが再選を果たしたのです。「リテラリー・ダイジェスト」の予想はなぜ外れたのでしょうか? この理由としては、「リテラリー・ダイジェスト」が選挙予想に用いたサンプルに問題があったと考えられています。


■ 偏ったサンプル

選挙が行われた1936年といえば、1929年に始まった世界大恐慌の最中です。このような厳しい経済情勢下で、「リテラリー・ダイジェスト」を購読している読者層というのはかなりの富裕層であったはずです。同社は選挙の予想に際して、購読者名簿を利用するとともに、電話や車を持っている人達も対象として(サンプル)調査を行いました。電話を持っている人には、電話による聞き取り調査が行われたようです。しかし、当時の電話の普及率は40%程度でしたから、電話を持っている層は主に富裕層だったはずです。さらに、車の所有者となればさらに裕福な人達だったはずです。結局、購読者を含め、富裕層を中心としたサンプルが集められたわけです。

「リテラリー・ダイジェスト」はこうした方法によって230万人もの膨大なサンプルを集め、このサンプルに基づいて当落予想を行いました。しかし、いくら沢山のサンプルを集めたといっても、同社が集めたサンプルは大半が富裕層という偏ったものでした。そして、富裕層には共和党支持者が多かったため、ランドンに有利な(ルーズベルトに不利な)調査結果になってしまったというわけです。集めたサンプルが米国の有権者(母集団)を代表していなかったわけです。


■ ギャラップ調査

これに対し、ルーズベルト再選を予想した会社がありました。ギャラップ調査で有名な「ギャラップ」社です。ギャラップ社は、サンプルの偏りが少なくなるように科学的方法を用いました。すなわち、所得、居住地、性別などの項目ごとに有権者を幾つかの(重ならない)グループに分けて、かつ、サンプルが偏らないようにして調査を行ったのです。結果、「リテラリー・ダイジェスト」社の1%にも満たないサンプル数で、的確な予想を行うことができたのです。

この結果を受け、ギャラップ社は一躍脚光を浴びることになり、以後、ギャラップは世論調査の代名詞となりました。一方、予測を外した「リテラリー・ダイジェスト」の評判は失墜し、経営難に陥った後に他社に買収されてしまいました。

「サンプルを何件集めるか」ということも重要ですが、(1)母集団を代表する(偏りのない)サンプルをどのような方法で集めるのか、あるいは、(2)集めたサンプルが本当に母集団を代表しているのかということも、非常に重要な検討項目です。

今回は以上です。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年2月10日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(3)

第1回目、第2回目と、「実施基準」の中の以下の記述についてとりあげました。

日常反復継続する取引について、統計上の二項分布を前提とすると、90%の信頼度を得るには、評価対象となる統制上の要点ごとに少なくとも25 件のサンプルが必要になる。

これは、25件サンプルを選んで、そのすべてについて部長決裁が得られていれば、概ねこの統制は有効であると統計的に判断できる」ということを意味している、と説明しました。上記の文章の「統制上の要点」とは、「部長決裁に関する統制が有効か否か」ということです。

今回は、上記文章の統計的意味についてもう少し触れたいと思います。


■ 標本(Sample)から母集団(Population)を推定する

標本を抽出するのは、標本自体に関心があるからではなく、(標本が含まれる)母集団の性質を知りたいからです。先の例では、①部長決裁が必要なすべての取引(母集団)について、②全取引(母集団)から標本(サンプル)を抽出し、③標本について部長決裁が行われていることを確認することで、④部長決裁が必要なすべての取引(母集団)について、統制が適切に機能している(部長決裁が確実に行われている)ことを知りたいわけです。

①~③はある意味機械的な作業ですが、④には判断が伴います。抽出した標本の中に1件も承認漏れ(逸脱:Deviation)がないからといって、母集団全体について統制が機能していると言えるのでしょうか? 


■ 統計的(仮説)検定 ☛ 否定することに意味がある
   

ここで、統計的仮説検定という概念が登場します。この仮説検定(以下、検定)は、母集団についてある仮説を立て、その仮説を検証する方法です。仮説を検証する流れとして、通常思い浮かぶのは以下のような流れでしょう。

  
   
【通常考えられる仮説検証の流れ】

仮 説:「 部長決裁が適切に行われている」という統制は有効に機能している。
                ⇓
検 討:サンプルを抽出し、実際に部長決裁が行われているどうか調べる。
                ⇓
判 断:上記の調査結果によって、仮説の正否を判断する。

ところが、統計学の仮説の立て方というのは独特なものがあって、上記とは少し違う流れを辿ります。すなわち、統計学では証明したいことの反対の仮説を立て、この仮説を否定するという発想をするのです。

今回、証明したいことは、「統制が有効である』ということですから、証明したいことの逆、すなわち、『統制は有効に機能していない』という仮説を立て、この仮説を否定することを考えます。統制が有効かどうかの基準は監査人の判断によりますが、ここでは、逸脱率(承認漏れの確率)が『9%以内か9%を超えるか』で判断するとします。すなわち、「『統制は有効に機能していない(=逸脱率は9%超である)』という仮説を否定することを検討します。何だか迂遠な感じがしますが、このあたりが統計学独特の考えというか、最初は馴染みにくい考え方だと思われます。

  
   
【統計学上の仮説検定の流れ】

仮 説: 統制は有効に機能していない。すなわち、逸脱率が9%を超えている。
          ⇓
検 討:サンプルの抽出と調査を行う。
            ⇓
判 断:仮説を否定(棄却)する(または、否定(棄却)しない。)  

つまり、逸脱率が9%を超えているという仮説は否定されてこそ意味を持つことになります。そのためには、仮に(上限)逸脱率を9%と仮定してその確率を計算し、その計算結果(確率)が十分に小さければ、最初に立てた仮説(逸脱率が9%超)が適切でなかったという論法になります。

例えば、(新)薬の効能の判定においても、この仮説検定の考え方が用いられます。すなわち、①新薬は効かない(又は従来の薬の効能と大差はない)という仮説(帰無仮説)を立て、②この帰無仮説が棄却できれば、③「新薬の効能はある(又は従来の薬よりも新薬の方が効能が高い)」という対立仮説を採択することができるという流れです。


 
■ 仮説の設定と統計上の誤り ☛ 所詮は確率の話なので、誤りは付き物

先に述べたように、検定では証明したいこと(対立仮説といいます。)に対して、否定したいこと帰無仮説といいます。)を仮説として立て、検証します。

● 対立仮説 H1(Alternative Hypothesis):統制は有効に機能している(=逸脱率が9%以下である。)
      ☛ この仮説は積極的に証明しない。

● 帰無仮説 H0(Null Hypothesis):統制は有効に機能していない(=逸脱率は9%超である。)
      ☛ この仮説を棄却しようと考える。

 
ここで、帰無仮説(H0)が棄却(否定されると)、間接的に対立仮説(H1)が証明されるということになります。しかし注意しなければならないのは、帰無仮説(H0)が棄却されたといっても、積極的に対立仮説(H1)が証明されたわけではないということです。「統制は有効に機能していない(逸脱率が9%超である)」という証拠は見つからなかったので、暫定的に、「統制は有効である」という仮説が採択されたに過ぎないのです。

一方、帰無仮説(統制は有効に機能していない)が棄却されなかった場合はどうなるでしょうか?この場合は、実は何も言えないに等しいのです。この辺りの話になると、込み入ってくるので詳細は割愛します。

さて、仮説を証明するといっても、標本から母集団の推測を行うわけですから誤差(Error)が生じます。要は、サンプルを沢山調べて、仮に1件の承認漏れがなかったとしても、全取引が同じように部長決裁を得ていることは断言できないわけです。

実際には、次のような2つの誤りが生じる可能性があります。

① 対立仮説(H1)が正しいのにこれを棄却して、帰無仮説(H0)を選択してしまう誤り
    = 本当は統制は有効に機能しているのに、統制が有効でないと判断してしまうこと

② 帰無仮説(H0)が正しいのにこれを棄却して、対立仮説(H1)を選択してしまう誤り
    = 本当は統制は有効に機能していないのに、統制が有効であると判断してしまうこと

①は「正しくないものを正しいと判断してしまう誤り」ですから、会計監査においては深刻な間違いになります。これは、監査の有効性に関するリスクとなります。

一方、②は「本当は正しいのに正しくないと判断してしまう誤り」です。監査においては①ほど深刻ではありませんが、(追加的な監査手続きが必要になるため)監査の効率性に関するリスクとなります。

少々長くなりましたが、今回はここまでとします。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年2月3日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(2)

今回は、25件のサンプルに関連して、背景にある会計監査の前提について簡単に説明したいと思います。


■ 内部統制の信頼性

前回取り上げたとおり、会計監査は「試査」をベースにして行います。この「試査」の前提となるのが、「内部統制」といわれる会社の管理上の仕組みです。簡単にいえば、様々なチェック機能です。内部統制がしっかり機能している場合、会計処理の間違いはほとんどありません。というのも、たとえどこかで(誰かが)間違った処理をしたとしても、途中で他の人やシステムが気付いて、間違いが修正されるからです。

一方、内部統制が機能していない場合には、間違いが発生しても修正されずに放置される危険性が高くなります。その結果、財務諸表が間違っている危険性も高くなるわけです。

内部統制が機能していない ⇒ 間違いの発生・放置 ⇒ 財務諸表の信頼性が低い可能性

ということは、内部統制が弱い会社の場合、内部統制が強固な会社よりも、より注意深く監査を行う必要があるということになります。例えば、サンプル件数を増やすといったことが必要となります。これを試査範囲の拡大といいます。試査範囲を拡大すると、監査手続きが増え、作業工数(時間数)が増大することになります。このように、監査(試査)は内部統制(の信頼性)に大きな影響を受けることになります。


■ 内部統制の信頼性とサンプリング

監査の前提となる内部統制の信頼性(有効性)を検討するために、内部統制の運用状況のチェック(Test of Controls)を行うことになります。その手法の一つが統計的サンプリングです。


具体例を挙げて説明しましょう。例えば、『100万円以上の取引については、部長決裁が必要である』という会社のルールがあるとします。これは(内部)統制の一つですが、この統制が実際に機能しているかどうかをチェックする場合を考えます。もっとも、実際に監査でチェックするのはこのような単純な統制であるケースは少なく、あくまで説明のための例に過ぎません。

この統制が有効に機能しているか否かを判定するためには、100万円以上の(部長決裁が必要な)取引すべてについて、「本当に部長決裁があるかどうか」を調べばよいのですが、とても全取引件数を調査することはできません。

そこで、サンプルをランダムに選ぶという方法で、調査を行うことになります。サンプルを10件、20件、50件、100件、500件・・・と増やしていけば、より的確な判断ができるようになるでしょう。 検討すべき統制が1つだけで、かつ、統計的サンプリングだけで監査が終了すれば1,000件でも2,000件でもサンプルをとって検証するのも良いでしょう。しかし、他にも検討すべき(サンプリングが必要な)統制はいくつもあります。さらに、統計的サンプリングは所詮監査の中の一つの手続きに過ぎず、他にもやるべき監査手続が沢山あります。こうした中で、(部長決裁という)一つの統制チェックだけのためにサンプルを沢山集めて検証することは時間的にも不可能ですし、仮にできたとしてもあまり意味もありません。

かといって、2~3件サンプルを選んで、すべて部長決裁があったからといって、この統制は有効だと考えるのもちょっと問題がありそうです。そこで、多すぎず少なすぎず、必要十分なサンプル数は何件なのか、ということが重要になるわけです。

ということで、実施基準では、「25件サンプルを選んで、そのすべてについて部長決裁が得られていれば、概ねこの統制は機能していると統計上判断できる」ということを示しているのです。


■ 25件のサンプルとありがちな勘違い

25件のサンプルについてのありがちな勘違いを紹介します。

サンプルを25件選んで調査したところ、1件の承認漏れが見つかった。承認漏れの割合は4%(25件中1件)だから、「統制」は96%(100%-4%)有効に機能していると考えられる。したがって90%以上の信頼性をもって、「統制」が機能していると解釈した。

上記の解釈がなぜ誤りなのかについては、次回以後の説明で明らかになります。

今回はここまでとします。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年1月26日土曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(1)

■ 25件のサンプル

公認会計士が会計監査を行う際に準拠すべきガイドラインとして、『財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準』(以下、実施基準)があります。この実施基準の中には、以下のような記述があります。

日常反復継続する取引について、統計上の二項分布を前提とすると、90%の信頼度を得るには、評価対象となる統制上の要点ごとに少なくとも25 件のサンプルが必要になる。

これは、母集団(Population)から一定の方法で標本(Sample)を抽出するサンプリング(Sampling)という手法を前提とした考え方です。上記は、サンプリングの中で統計的な手法を用いて行うサンプリング(統計的サンプリング)を前提としたものです。

今回から数回にわたって、25件のサンプルを題材に、統計的サンプリング(Statistical Sampling)について考えていきたい思います。


■ 統計的サンプリング(Statistical Sampling)

統計的サンプリング(Statistical Sampling)とは、母集団からサンプルを統計学的に適正な方法(無作為抽出等)で抽出し、(母集団の代わりに)サンプルを詳細に検討することによって、母集団の性質を推定する方法です。統計学的に適正な方法というのは、なかなか説明が難しいですが、一般的には、ランダムサンプリング(無作為抽出)をイメージすればよいと思われます。


会計監査では、通常、会社が行ったすべての取引を検討(監査)することはしませんし、そもそも時間的にもできません。そこで、取引の中から一定の取引を抽出して検討するという「試査」という方法が用いられます。会計監査(試査)では、統計的サンプリングの他、非統計的サンプリングやサンプリング以外の手法も幅広く利用します。統計的サンプリングというのは、試査の一つの手法といえます。


■ サンプル(Sample)とバイアス(Bias)

統計的サンプリングと非統計的サンプリングでは、サンプルを抽出する手法に違いはありますが、いずれも母集団の代表(Representative)としてのサンプルを選ぶという点では変わりありません。

母集団の代表という概念を説明するために、
監査から少し離れて、大学生の出身地に関するサンプルを考えます。A大学の学生の出身地を調査するため、毎朝、1限目の授業が始まる前に校門の前に30分間立って、出身地のアンケートを1週間とったとします。このようなサンプリング方法は適切でしょうか?

実は、このようなやり方は、サンプリング手法としては望ましくありません。なぜなら、1限目の授業を履修していない学生は、そもそもサンプル対象から除かれてしまっている可能性が高いからです。その結果、集めたサンプルが母集団の代表(Representative)となっておらず、相当偏ったものになっている可能性があります。このようなサンプリングの方法は、統計的サンプリングか非統計的サンプリングかという以前の問題として、望ましくないということになります。



このように、サンプリングの手法によっては、相当のバイアス(Bias)が生じるケースがあるので注意が必要です。このバイアスは、後に出てくる誤差(Error)とは本質的に異なるものです。統計的サンプリングは、誤差(Error)を完全に除去できませんが、サンプリングにおけるバイアスを除去する手法として使われます。


「なぜ25件なのか?」、「二項分布とか90%の信頼度とは何なのか?」ということについては、次回以降順次とりあげることとして、今回はここで終了とします。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office