2013年5月7日火曜日

事業承継税制の改正について


本日は、平成25年税制改正の中から、『事業承継税制』に関する改正ポイントを説明いたします。

1.事業承継税制とは何か?

事業承継税制とは、端的に言えば、非上場株式(自社株式)に課される税金(贈与税や相続税)の全部または一部を繰延べできる制度(=納税猶予制度)です。自社株式の相続や贈与時の時価は、予想以上に高くなるのが通常です。他方、自社株は流通性がほとんどありませんから、換金できない株式に高額な贈与税や相続税が課されると、事業承継に支障が出る可能性があります。こうした事態に対応して、一定の条件を満たす場合、中小企業の後継者が、現経営者から会社の株式を承継する際、相続税・贈与税が軽減(相続:80%分、贈与:100%分)される制度が事業承継税制(納税猶予制度)です。


2.制度適用のための一定の条件とは?

事業承継税制は、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(円滑化法)」を基礎とした制度です。円滑化法は、① 遺留分に関する民法の特例、② 事業承継時の金融支援措置、③ 事業承継税制の基本的枠組み を盛り込んだ事業承継円滑化に向けた総合的支援策の基礎となる法律ですが、③の事業承継税制が納税猶予制度に該当します。
すなわち、税法が円滑化法を借用して、円滑化法の一定の要件を満たす中小企業について、納税猶予の適用を受けることができるように制度化されているのです。

事業承継税制(納税猶予制度)の適用要件はかなり複雑ですので、ここで詳しく説明することはいたしませんが、ご興味のある方は、下記の中小企業庁のサイトで『最新版(平成25年度)の中小企業経営承継円滑化法申請マニュアル』をご覧ください。

☛ 中小企業庁:中小企業経営承継円滑化法 申請マニュアルについて

円滑化法について一点注意すべきなのは、この法律が「中小企業の雇用の維持・確保」を重視しているという点が挙げられます。すなわち、「中小企業の雇用確保 → 円滑な事業承継 → 贈与税・相続税の負担軽減 → 納税猶予」という流れが根底にあることに留意する必要があります。言い換えると、(後半の)「(経営者の)税負担軽減 → 納税猶予」という目的だけで、設定された法律ではなく、(円滑化法の)納税猶予が認められる「一定の条件」はかなり厳し目に設定されているということになります。

今回の改正では、この厳しい条件の一部が緩和されました。


3.改正点(要件緩和)

平成25年度税制改正で事業承継税制の適用要件が以下の通り緩和されました。

(1)事前確認の廃止:手続の簡素化(平成25年4月以後)
従来、制度利用の前に経済産業大臣の「事前確認」を受ける必要ありましたが、平成25年4月後は、事前確認を受けていなくても制度利用が可能になりました。

(2)親族外承継の対象化~親族以外にも拡大(平成27年1月以後)
現行では、後継者は現経営者の親族に限定されていますが、改正後は親族外承継も対象となります。

(3)雇用の8割維持要件の緩和(平成27年1月以後)
現行では、雇用の8割以上を「5年間毎年」(毎年度末)維持することが要件とされていますが、雇用の8割以上維持要件が「5年間平均」となります。例えば、現行は5年間で1回でも8割要件をクリアできないと納税猶予が打ち切りとなりましたが、改正後は、8割要件をクリアできない年があっても、5年間平均でクリアできればよいことになります。

(4)納税猶予打ち切りリスクの緩和(平成27年1月以後)
現行では、要件が満たせずに納税猶予が打ち切られた場合、納税猶予額に加え利子税(年2.1%)の支払いが必要です。平成27年1月以後は、①利子税率が引下げられる(2.1%→0.9%)とともに、②承継5年超で5年間の利子税が免除されることになりました。

また、事業の再出発にも配慮がなされました。現行は、相続・贈与から5年後以降は、後継者の死亡又は会社倒産により納税が免除されています。改正後は、民事再生、会社更生、中小企業再生支援協議会での事業再生の際にも、納税猶予額を再計算し、一部免除されることになります。

(5)役員退任要件の緩和:現経営者の退任要件を緩和(平成27年1月以後)
現行では、(贈与税の納税猶予の適用を受ける際)現経営者は、贈与時に役員を退任すること(いわば、「生前隠居」)が必要です。改正後は、贈与時の役員退任要件が代表者退任要件に緩和され、現経営者は(贈与後も引き続き)有給役員として残留することが可能となります。

(6)債務控除の計算方法の変更(平成27年1月以後)
現行では、猶予税額の計算で現経営者の個人債務や葬式費用を株式から控除するため、猶予税額が少なく算出されます。改正後は、現経営者の個人債務や葬式費用を株式以外の相続財産から控除することに変更されるので、その分、納税猶予額が増えることになります。

今回は以上です。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年4月7日日曜日

ホテリングの立地競争モデル(2)

前回、ホテリング(Harold Hotelling:1895 –1973)の立地競争モデルで、以下の2つのことを取り上げました。

① 2つの店が直線上の中間点に隣接して出店するのが均衡であること
② この均衡は安定的であること(どちらの店も、別の場所に出店したいというインセンティブを持たないこと)

今回は、このような出店(中心地に隣接出店)を消費者の観点から考えてみます。


■ 安定的な均衡(=中央立地) は 消費者にとって最も望ましい立地ではない

まず、「中心地の隣接出店」は消費者にとって望ましいものでしょうか。この点、直感的には「望ましくない」と思われるのではないでしょうか。

先の海水浴場のアイスクリーム屋の例で考えてみます。海水浴場の両端にいる人達にとって、ビーチの真ん中までわざわざアイスクリームを買いに行くのはかなり不便です。一方、中央付近にいる人達にとっては、どちらのアイスクリーム屋に行っても同じです。商品や価格は全く同じなので、2つの店が隣接している必要はないわけです。

したがって、消費者全体で見ると、2つのアイスクリーム屋が離れて立地している方が便利ということになります。


■ 消費者にとって望ましい立地

ここで、先の「直感」をもう少し厳密に検討してみます。A-Bの距離を1、消費者の移動コスト(足代)をtで表します。売っている品物と値段を同一とすると、違うのは消費者の移動コスト(足代)だけですから、この移動コストに絞って考えます。

赤の三角形の面積はX社へ、青の三角形はY社へ買いに行くコスト(足代)の合計となります。この例では2つの店が中央に位置しているので、色の違いはあまり関係ありません。消費者の限界移動コストをt、線分A-Bの長さを1とすると、消費者の移動コストの合計は、下の赤の三角形と青の三角形の面積合計となり、その面積はt/4と計算されます。


ところが、XYが少しでも離れると、三角形の面積合計は小さくなります。赤がXに行くためのコスト、青がYに行くためのコストの合計ですが、上の図の三角形の面積(=t/4)と比べて三角形の面積合計が減少しているのが分かります。


結局、赤と青の三角形の面積合計が最も小さくなるような立地が、消費者にとっては最も望ましい立地となります。消費者にとって最適な立地は、左から1/4、右から1/4の位置に2店が出店するケースです。この結果、X社、Y社が中央に出店するケース(=t/4)に比べると、消費者の移動コストは半分(=t/8)になります。


なお、消費者によって最適な立地に関する詳しい計算プロセスに興味のある方は、末尾の「数学的補足」を見ていただければと存じます。もっとも、わざわざ計算するまでもなく、最小コストが実現できる(三角形の面積合計が最も小さくなる)2店舗の立地場所は、上記のような位置になることが、直感的にも分かるかと思います。


■ 均衡点が安定的な均衡とは限らない

ところで、前回説明したとおり、上記のような消費者にとって望ましい均衡点は、安定的な均衡ではありません。X社,Y社のいずれか一方が他方に近づくことで、(近づいた方が)より多くの消費者を獲得できるからです。結局、安定的な均衡は、(X社、Y社ともに)中心点での隣接立地となります。

また、(X社とY社が同じだけの消費者を獲得する)均衡点はA-B上に無数に存在します。xy=1(0<xy<1)を満たすxyの組み合わせは無数にあるからです。しかし、これらの均衡点も、x=y=1/2でない限り不安定な均衡点です。

結局、(X社,Y社という)当事者に任せている限り、消費者にとって望ましい立地が実現できないことになります。そこで、「消費者にとって望ましい立地を実現する政策が必要になる」という考えが生まれます。

このホテリングの議論の延長線上に、昨今注目を浴びている「空間経済学」の考え方があるような気もします。


■ 出店数が3つ以上の場合

上記は、出店数が2つの場合の均衡点でした。出店数が3つ以上の均衡点はどうなるでしょうか。実は、3店舗以上の場合、常に安定的な均衡が存在するとは限りません。ちなみに3つの場合、安定的な均衡点はありません。4つの場合は、("0-1"の線分上において)1/4と3/4の点に2つずつ立地するのが安定的な均衡となります。6店舗の場合、1/6,3/6(=1/2),5/6の3箇所に各2つずつ出店するのが安定的均衡となります。 すなわち、3つ以上の奇数店舗のケースについては、安定的な均衡は存在しないことになります(ご興味があれば、図を描いて試してみてください。)

今回は、ちょっとした頭の体操のような話題でした。



【数学的補足】

XとYがどのような位置に立地すると、三角形の面積が最小になるでしょうか。数学的にこれを知るためには、①から④の部分に分解して考えます。Xの位置をx、Yの位置をyと置き、0<xy<1(xyの左側に位置すると考える) とすると、①~④は、t,x,yを用いて上記のように表すことができます。tは消費者の(限界)移動コストです。



①~④の合計が消費者にとっての(社会的)コスト(SC:Social Cost)と考えると、SCは(上記の式を整理して)以下のように表すことができます。

SC=g(x,y)とすると、x,yの2階偏微分はそれぞれプラスとなりますので、SCの最小値は、δg/δx=0, δg/δy=0を解くことで求まります。


δg/δx=0, δg/δy=0を解くと、x=1/4, y=3/4となり、SC=t/8と計算されます。すなわち、X社、Y社が中央に出店するケース(=t/4)の半分のコストになります。したがって、以下のようにXとYが立地することが、消費者にとっては最も望ましいことになります。



清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月31日日曜日

ホテリングの立地競争モデル(1)

今回は、以前の記事で登場した統計学、数理経済学の大家であるホテリング(Harold Hotelling:1895 –1973)についてとりあげます。今回取り上げるのは、ホテリングの立地競争モデルと呼ばれるものです。

■ 設例

下記の図のようなA点とB点を端点とする一直線の道(又は隣接する鉄道の駅)を考えます。この道(線路)沿いに、X社とY社がそれぞれ出店を計画しているとします。X社とY社はA-B間のどこに店を出店することになるでしょうか。但し、以下のような条件が付されているとします。


① 道(線路)沿いには同じ人口密度で住民が住んでいる。
② X社とY社以外に出店する可能性はない。
③ X社,Y社の商品は汎用品(あるいはまったく同一の商品)で、差別化されていない。
④ 住民は自宅から近い方の店に行く。
⑤ 店が自宅から等距離の場合、無作為に(確率50%で)どちらに行くかを決める。
⑥ X社とY社はお客をなるべく多く集めたい(利益の最大化をしたい)と考えている。
⑦ X社とY社はお互いの店の存在や目的(利益最大化目的)を知っている。


■ 海水浴場のアイスクリーム店

上記のように①~⑦まで色々な条件を付けたので少し混乱するかもしれませんが、例えば、A点,B点を両端とした海水浴場に店を出そうとしている2つのアイスクリーム屋を考えれば良いと思います。売っている品物も値段も同じ(条件③)とすると、お客さんはどちらか近い方の店に行き(条件④)、仮に等距離の場合にはランダムに(50%の確率で)どちらに行くか決めるでしょう(条件⑤。)また、2つのアイスクリーム店は、それぞれ同じ目的(=利益最大化)を目指して行動し(条件⑥)、お互いに相手の目的や立地場所を知っている(条件⑦)と考えられます。
  ①、②の条件はやや非現実的ですが、それ以外の条件(③~⑦)については、必ずしも非現実的とまでは言えないと考えられます。



■ 最適な出店場所

さて、X社とY社の例に戻ります。それぞれの最適な出店場所を考えるにあたって、まず、X社が先に出店するケースを考えます。下の図のようにX社がややA地点寄り(中心から左寄り)に出店した場合、Y社はどこに出店すればよいでしょうか。


 ここで、話を整理して考えるために、Y社はX社よりも常に右側(B地点側)に出店するとします。そうすると、X社の左側からA地点まで(←の矢印)については、X社がシェアをとります。一方、Y社の右側からB地点まで(→の矢印)については、Y社がシェアをとります。X社とY社の間は、ちょうど中間点を境に、X社とY社がシェアを分け合います。したがって、Y社はX社のすぐ右隣に出店するのが最適な戦略となります。



■ X社とY社の最適な立地場所

先にY社が出店した場合も同様です。結局、X社、Y社は隣接して出店することになります。また、X社、Y社は利益を最大化(シェア最大化)をしたいと考えていますから、それぞれA地点とB地点のちょうど中間地点に出店することになります。仮に、上の例のようにX社がA地点寄りに出店すれば、Y社がX社のすぐ右隣に出店することで、Y社の方より大きなシェアを獲得できるからです。結局、X社とY社は(A地点とB地点の)中間地点に隣接して出店することになるわけです。



そして、いったんこの均衡状態に達すると、X社,Y社ともに、これ以上出店場所を変更しようという動機が起こりません。なぜなら、仮にY社がA地点とB地点の中間に立地するX社から離れて出店しようすると、Y社のシェア(売上)はX社よりも少なくなってしまうからです。

上記の均衡は安定的であり、ゲーム理論でいうところの「ナッシュ均衡」に該当します。


■ 立地競争モデルの理論で説明できる事例

ホテリングのモデルで説明できるのは立地状況だけでなく、以下のような事例が考えられます。

① 2大政党のマニフェストが似通ってくること。(中道的な政党がより多くの支持を得ること。)
② 製品の性能や価格が似かよったものになっていくこと。

今回は以上です。次回も引き続き、立地競争モデル扱います。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月24日日曜日

 「ステューデント」のt検定(閑話休題)

統計学の理論的な(堅苦しい)話が続いているので、今回は少し柔らかい話をしたいと思います。統計学を勉強した人なら誰もが知っていると思われるステューデントのt検定に関連する話題です。話は約100年前に遡ります。

■ ゴセットとギネスビール

オックスフォード大学で数学と化学の学位を得たウィリアム・シーリー・ゴセット(William Sealy Gosset:1876~1937)は、アイルランドの老舗ビール会社であるギネスビール醸造所へ入社しました。ちなみに、ギネス社は「ギネスビール」の他、ギネスブックの出版元としても有名です。

ビール会社と統計学に何の関係があるのでしょうか?

実は、ビールの製造過程では麦芽汁を発酵させる必要があり、発酵に必要な酵母の数を出来るだけ精緻に計算する必要があるのです。酵母が少なければ充分に発酵しませんし、多すぎると逆に苦くなってしまうのです。

酵母は生き物なので(酵母)細胞は絶えず増殖・分裂します。また、発酵に使う酵母細胞のすべてを検査するわけにもいきませんから、一部分をサンプル(標本)として抜き取って数えることになります。この少数のサンプルから全体を推定することがゴセットの課題でした。 


■ その名は「ステューデント」

ゴセットは自宅で小さなサンプルを繰り返し抽出し、何度も数値計算を行い、その結果を記録していきました。コンピュータなどない時代ですからすべて手計算です。このような作業には、相当の忍耐力が必要だったことは想像に難くありません。ゴセットの研究は当時バイオメトリカ誌の編集者であったカール・ピアソン(K. Pearson)の目に留まり、1年間の研究休暇をとってピアソンの下で研究を行いました。ゴセットが酵母に関する研究成果をまとめたとき、ピアソンは自分が編集しているバイオメトリカ誌に論文として公表したいと考えました。
ところが、ゴセットは会社に内緒で研究していました。また、研究発表の内容は(ゴセットの貢献が大きいとはいえ)ギネス社の企業秘密に関するものです。そこで、論文発表の際には「ステューデント」というペンネームを使って発表することにしたのです。これが「ステューデント」の由来です。その後約30年間にわたって、「ステューデント」は、数々の重要な論文を書き、その大半がバイオメトリカ誌に掲載されたそうです。中でも特に重要な研究成果の一つが、ステューデントのt検定と呼ばれるものです。この考え方は、The Probable Error of a Mean(1908)という論文で初めて公表され、以後、統計学の発展において極めて重要な役割を果たしました。


■ すべては秘密裏に


生前、ゴセットの研究活動は(少なくともギネス社のオーナーである)ギネス家には気づかれなかったようです。これを裏付けるかのように、アメリカ人の統計学者であるハロルド・ホテリング(H. Hotelling)が、当時「ステューデント」ことゴセットに会おうとした時、『すべて秘密裏に準備が整えられ、さながらスパイ・ミステリーのようだった』と述懐しています(ホテリングについては、後日とりあげる予定です。)

ゴセットはギネス社にとって重要な人材だったようで、ロンドン醸造所所長というポストを得ています。ゴセットが61歳で亡くなった後、彼の友人がゴセットの論文集を一冊の本にまとめるため、ギネス家に印刷費の援助を求めました。その時なって初めて、ギネス家はゴセットの活動を知ったということです。


参考文献:『統計学を拓いた異才たち』 David S. Salsburg (原著) 日本経済新聞社 2006年


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月17日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(7)

■ 離散型確率分布と連続型確率分布

前回までの説明に用いた2項分布(Binomial Distribution)は、「離散型確率分布(Discrete Probability Distribution)」と呼ばれる確率分布です。「離散型」とは文字通り、「離れ離れ点在する」という意味です。先の部長承認の統制では、逸脱(承認漏れ)件数は、0,1,2,3,4,5,6・・・となり、こうした点在する値に対応して確率が計算されることになります。

下のグラフは、サンプル数25件、逸脱率9%の二項分布のグラフです。表示上は滑らかな曲線に見えますが、実際は、逸脱件数(自然数)に対応した確率が点在するグラフです。逸脱件数が2件(≒25件×9%)の時の確率が最大で、逸脱が0件の時の確率が10%を少し下回っているのが分かります(危険率が10%未満ということなので、信頼度90%以上を意味します)。




一方、例えば、日本人男性全員の身長を集めたデータは、下記の図のようなツリガネ型の正規分布(Normal Distribution)に従っていると考えられます。正規分布は連続型確率分布(Continuous Probability Distribution )となります。連続型分布の場合、(データが切れ目無く存在しますので)滑らかな曲線となります。



■ 二項分布から正規分布へ

上記の2つのグラフを比べると、グラフの形がかなり違います。しかし、二項分布でサンプル数を50件、100件、200件と増やしていくと、正規分布に徐々に近づいていくことが分かります。






なお、2項分布について、サンプル数:n→∞とすることで、正規分布になることは、数学的にも証明できます。

■ 許容逸脱率、信頼度、サンプル件数の関係

ここまでの議論で、以下の2つのことが言えることがお分かりかと思います。

① 許容逸脱率が低くなると、サンプル件数は増加する。
② 信頼度が高くなるほど、サンプル件数は増加する。


許容逸脱率は監査人が設定するハードルであり、このハードルを高めれば(許容逸脱率を低くすれば)、サンプル数は増加します。

一方、信頼度を高めることは、危険率(100%-信頼度)を低くすることになりますので、サンプル件数は増加します。

信頼度、許容逸脱率、(必要)サンプル件数の関係を示すと以下のようになります。   

信頼度:90%信頼度:95%
許容逸脱率:9%
25
32
許容逸脱率:6%
38
49
許容逸脱率:3%
76
99


■ 予想逸脱率、許容逸脱率、サンプル件数の関係

25件のサンプルの例や上記の①、②の説明においては、監査人の(母集団に対する事前)予想は考慮していませんでした。すなわち、監査人が事前に設定するのは「許容逸脱率」だけであり、(サンプル件数の決定時には)サンプル中には逸脱がないという暗黙の想定をしています。

ところが、過去の監査の実績等により、監査人が会社の統制の逸脱率を知っている場合があります。この逸脱率を予想逸脱率(Expected Population Deviation Rate)などといいます。

この点、先の部長決裁の統制について、(過去に何度か行った監査の実績で)「サンプル25件中に1件も逸脱がなかった」いう程度の情報では、「母集団の逸脱率は判明していない」ということを申し添えます。言い換えると、この場合は、「逸脱率は恐らく9%未満だろう」ということ位しか分かっていないのです。「逸脱率を知っている」という意味は、(部長決裁の統制の例で考えると)過去の監査の結果から、予想逸脱率(期待値 又は 平均値)が6%であることが分かっているような場合を意味します。

このように、母集団の予想逸脱率が分かっているケースでは、監査人が予想逸脱率を考慮して(サンプル中に一定割合の逸脱が存在することを見越して)、サンプル件数を決めることになります。

予想逸脱率が6%と分かっている場合、25件のサンプルには平均1.5件(25件×6%)の逸脱が含まれていると予想されますので、(許容逸脱率を9%とすると)25件のサンプルでは不足します。また、42件のサンプル(1件だけの逸脱ならOK)を選んでも、平均2.5件の逸脱(42件×6%)が含まれていることが予想されますから、42件ではサンプル数不足です。

このように、サンプル数を増やすと(予想逸脱率に)比例して予想逸脱件数も増えていくので、(必要)サンプル数はどんどん増加していきます。結局この場合は、182件のサンプル(予想逸脱件数は11件)が必要となります。予想逸脱件数の11件は、「182件(サンプル数)×6%≒11件」に対応しています。

許容逸脱率:9%、信頼度:90%の前提で、予想逸脱率と必要サンプル件数の関係を示すと以下のようになります。なお、( )内は逸脱数です。

予想逸脱率:0%予想逸脱率:4%予想逸脱率:6%予想逸脱率:8%
25(0)
73(3)
182(11)
1,437(115)


【Excel関数による計算】


● 予想逸脱率が6%(逸脱件数:11件)のケース
 =BINOM.DIST(逸脱件数(=11), サンプル数(=182), 逸脱率(=0.09), TRUE)=0.09836

● 予想逸脱率が8%(逸脱件数:115件)のケース
 =BINOM.DIST(逸脱件数(=115), サンプル数(=1,437), 逸脱率(=0.09), TRUE)=0.099675


 したがって、予想逸脱率に関して以下のことが言えます。


③ 予想逸脱率が高いほど、サンプル件数は増加する。
④ 予想逸脱率が許容逸脱率に近づくほど、サンプル件数は増加する


25件のサンプルの話題を題材に、7回にわたり統計的サンプリングをとりあげましたが、今回で終了です。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office

2013年3月10日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(6)

前回までは、25件のサンプルで1件も逸脱(承認漏れ)がなかったケースを取り扱いました。今回は承認漏れが見つかったケースについて考えたいと思います。


■ 25件中、1件逸脱(承認漏れ)があった場合

前回説明したように、ある事象が起きる確率をPBとした場合、試行を回行って、ある事象がx回起こる確率をPB(x)とすると、確率PB(x)は以下のように表すことができました。

  
 PB(x)=nxx(1-p)n-x  

2項分布の確率計算で、1件の逸脱(承認漏れ)が出る確率PB(1)は、以下のように計算されます。
 PB(1)=251 ×(0.09)1×(1-0.09)25-1 =251 ×(0.09)1×(0.91)24≒23.40%

(許容)逸脱率9%の場合、25件中1件の逸脱(承認漏れ)が生じる可能性は約23%となるので、1件でも承認漏れがあったら、「90%以上の信頼度で逸脱率が9%以下である。」とは、残念ながら言えないことになります

この場合、2つの対応が考えられます。1つは、サンプル数を増やしてもう1回検討する方法、もう1つは、逸脱率が9%を超える統制(=弱い統制)という前提で監査を進める方法です。後者は簡単にいえば、内部統制にあまり頼らずに、(試査範囲を広げて)監査を行うということです。後者は監査実務固有の話になるので、今回は前者の(サンプル数を増やす方法)を取り上げます。


■ 1件承認漏れがある場合の必要サンプル数

1件承認漏れがある場合、以下のようなサンプル数(n)を求めればよいことになります。

二項分布を前提として承認漏れが1件見つかった場合、90%の信頼度を得るには、少なくとも 件のサンプルが必要になる。


ここでは仮にサンプル数を40件とします。すると、1件の承認漏れがある確率は、n=40として上の式を使って計算すると、約9.10%となります。そうすると、あと、15件(40件-25件)追加サンプルを選んで、15件中1件も逸脱がなければ、一見良さそうな気がします。しかしこれは間違いです。

というのも、この9.10%というのは、「40件中ちょうど1件の逸脱が発生する確率」であって、「40件中1件以下の逸脱が発生する確率」ではないからです。すなわち、計算においては40件中1件も逸脱が発生しない確率も考慮しなければならないのです。

ここで、n件中1件も逸脱が生じない確率をPB(0),1件逸脱が発生する確率をPB(1)とすると
PB(0)+PB(1)<10% となるように、サンプル数を決定する必要があるのです(ちなみに符号は、≦,<のどちらでも構いません。)

この場合の最小サンプル数を計算すると42件となります。したがって、追加で17件(42件-25件)サンプルを選び、追加サンプルに1件も逸脱(承認漏れ)がなければ、90%以上の確率で(母集団の)逸脱率は9%以下であると判断できることになります。

■ 逸脱(承認漏れ)が2件以上の場合 ☛ 計算は複雑化

逸脱が1件程度なら何とかなりますが、2件、3件と増えて行った場合(監査上どう取り扱うかは別にして)、その分沢山のサンプルが必要となります。仮に、逸脱が3件まで許容できるとした場合、PB(0)+PB(1)+PB(2)+PB(3)<10%となるように、サンプル数を決定しなければなりませんから、手計算では煩雑になります。

上記の(累積)確率をExcel関数を使って計算する場合、計算式は以下のようになります。

=BINOM.DIST(逸脱件数, サンプル数, 逸脱率(0.09), TRUE)

ただ、上記のExcel関数を使ったとしても、試行錯誤を行って10%の危険率(90%の信頼度)を満たすようなサンプル数を見つける必要がありますので、計算はやや煩雑となります。

今回はここまでとします。

次回は、「二項分布」と「正規分布」との関係の説明と今まで(1回〜6回)のまとめをしたいと思います。


清水公認会計士事務所(Shimizu CPA Office


2013年3月3日日曜日

統計的サンプリング:25件のサンプル(5)

前回の続きです。

■ (再び)許容逸脱率は監査人の判断

母集団全体の本当の逸脱率(部長決裁が必要な全取引のうち、部長決裁を受けていない割合)は誰にも分かりませんもちろん、理屈上は誰かが取引全部を調べれば、本当の逸脱率は判明するのですが・・・。

極端にいえば、監査人は母集団の真の逸脱率自体を知りたいわけではありません。監査人が本当に知りたいのは、母集団の逸脱率が、(監査上許容できると考えている)一定の逸脱率より高いか低いかというこです。すなわち、(許容)逸脱率は、(事実としての逸脱率ではなく)監査人の価値判断によって決まってくる数値ということになります。逆にいえば、(監査人の判断である)許容逸脱率を決めないと、サンプル数も決まらないことになります。

なお、(実施基準の)25件のサンプルの例では許容逸脱率を9%と設定していますが、「何故9%なのか」については、私自身もよく分かりません。しかし一般的には重要な統制ほど許容逸脱率は低く設定され、サンプル数は多くなります。


■ もう少し理解を深めるために

ここで、もう少し理解を深めるために別の視点で考えてみます。「信頼度を90%とした場合、母集団全体の逸脱率は何%になるか?」ということを考えます。ここからの話は、監査人の判断(許容逸脱率)と母集団の推定逸脱率(上限逸脱率)との比較となります。

言い換えると、

許容逸脱率を9%として、25件のサンプル中1件も逸脱がない確率は9.46%(信頼度が90.54%)
                       ↓↓↓
信頼度がちょうど90%になるような、母集団の上限逸脱率(q)は何%か?


ということです。前回も少し説明したとおり、直感的に、「母集団全体の上限逸脱率は、9%より低いのではないか」と思われるでしょう。その直感が正しいことは、計算によって確かめられます。正確には、母集団の上限逸脱率は約8.8%になります(この計算の詳細は、末尾の数学的補足の(2)を参照ください。)

すなわち、上限逸脱率(8.8%)<許容逸脱率(9%)ですから、(90%の信頼度で)統制は有効であると判断できるわけです。

結局、25件のサンプルと逸脱ゼロは、以下のように解釈できます。

① 2項分布を前提に
② 許容逸脱率を9%と設定し
③ 25件のサンプルを選び
④ (サンプル中に)1件も逸脱(承認漏れ)がなければ
⑤ 90%以上の確率で
⑥ 母集団の上限逸脱率は8.8%となり、許容逸脱率(9%)を下回るから
⑦ 統制は有効であると判断できる。


蛇足ながら、許容逸脱率(9%)と信頼度(90)%は全く関係ありません。例えば、信頼度が90%の場合の危険率は10%(100%-90%)となりますが、ここで、許容逸脱率を仮に10%とすると、危険率も許容逸脱率も同じ10%になるので、混乱が生じるようです。許容逸脱率というのは(統制を評価する)監査人が設定する数値であり、信頼度や危険率とは無関係です。